第17話 少女の選択
鉄道から大きく離れた場所にある、小さな集落。
その更に端にある、今にも崩落してしまいそうな木造二階建ての建物の脇に、乗ってきた馬を停め、グリードと少女は一階にある酒場にて、テーブルを挟んで対峙していた。
元々人の出入りが少ない地域であることもあって、酒場の中に人の姿はなく、客はグリードと少女の二人だけであり、店主らしき小太りの男性も、どこか退屈そうにスツールに腰掛け、欠伸を噛み殺している。
また、テーブルの上に並んでいる料理も、グラスに入った水の他は、大き目の丸皿に乗せられた、発酵乳とマッシュルーム、そして香辛料をまぶした程度のシンプルな味付けがされた、円形のピザ程度であり、若干冷めた状態で提供されたそれは、決して美味といえるようなクオリティではなかった。
そんな弛緩した空気感もあってか、少女もグリードに対して臆することなく話しかけるということができていた。
「グリードさんは、これからどうするつもりなんですか?」
「んあ? そうだな……真正面から突っ込んでいくのはさすがに無謀だろうからな、とりあえずは取られたブツの場所を探って、その上で隙を見て、奪還してくる形になるんじゃないか?」
それだけ言うと、グリードは雑にカットされたピザの一片をつまみ、そのまま口へと運んだ。
途中、溶けた発酵乳が生地上から垂れそうになると、グリードは手早くピザを口元へと運び、詰め込むように食す。
「……うん、まずまずだな。値段相応って感じだ」
油で濡れた指先をクシャクシャのナプキンでぬぐいながら、グリードはつぶやくが、テーブルの反対側――汚れた外套を脱ぎもせず、借りてきた猫のようにおとなしく席に座り続けている少女は、自分用に取り分けられたピザに手を付けることもなく、いまだに神妙な顔のまま、次の質問をグリードへと投げかける。
「……それにしても、グリードさんって、私のこと、何も聞かないですよね。あの荷物はなんだったのかとか、襲撃に心当たりはないのかとか、普通は聞きそうなものですけど……」
少女の問いかけに、グリードは今度はグラスの水をグイっと煽ると、テーブルの上にグラスをコトンと置き、答える。
「必要な情報以外、興味がないんでね。襲撃の目的はブツの奪取だろうし、どういう目的でそれを実行しようが、俺の知ったことじゃあない。何を奪われたかに関しては、中味を取り出されている可能性を考えれば聞く必要はあるだろうが、その時はアンタを同行させるか、取り戻すべき物の名前を確認するかのどっちかをするつもりだったさ」
そこまで述べると、グリードは口元を指の腹でぬぐい、席を立つ。
そして、テーブルの上に手を突き、上体を前へと突き出すと、まっすぐに少女を見据え、尋ねた。
「さて、そろそろ時間だ。ここからアンタが選ぶ道は二つある。ここの二階の部屋に籠って、俺が戻ってくるのを待つか、俺と一緒にトルカンへ向かうかだ。依頼人の身の保証も重要な仕事だから、気を揉む必要もない。それに、この店も俺の顔なじみだからな、余程のことがない限り、籠っている方が安全だし、確実だろうが……」
グリードの言葉に、少女は悩み、考え込む。
確かに、この地に留まれば、先ほど襲撃してきた黒服たちのような輩と邂逅し、危険な目に遭うこともない。
しかも、グリードの腕が確かなのであれば、待っているだけで奪われた荷物が自分の元に戻ってくる。
確実性だけを考えれば、ここに留まるほうが断然いいに決まっている。
しかし、少女が選んだ道は、別であった。
「いえ、行きます。私は、行かなければいけないんです。だから、一緒に連れて行ってください、トルカンに!」
ガラス玉のように純粋な輝きを放つ瞳で、少女はまっすぐにグリードを見つめ返す。
すると、グリードも少女のただならぬ覚悟を感じ取ったのか、わずかに頬を緩め、背筋を伸ばし、その場に居直る。
「アンタがそう言うなら、止めはしない。ただ、身の安全は保証しきれない。わかっているな、カフォットの令嬢さんよ?」
「その呼び方はやめて頂戴。私にはコニール・カフォットっていう名前がちゃんとあるんだから!」
力強くそう言い放った少女に対し、グリードは幾分面倒くさそうな顔をしながら、頬を掻いた。
そして、深いため息を吐きながら、脱力したように肩を落としながら、言葉を漏らす。
「どういう事情があったか知らねぇが……わかったよ。コニール」
「えぇ、どうぞよろしく。グリード」
半ば譲歩させたような形ではあるが、グリードから名を呼んでもらえたことに、少女はまんざらでもない表情を浮かべるのだった。
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