第8話 緊急停車

 ロセの駅を経て、トルカンへと向かっている列車『フォトン』。


 その三等車両は、グリードへと迫った少女も当初自らが座っていた座席へと、その身を収め、退屈な列車旅が戻ってきていた。


 相変わらず車窓から見える景色は、乾いた大地が、その造形を違えては流れていくものであったが、目を引くような面白さはなく、これからしばらく晴れの天気が続きそうだという、わかりきった天気予報を立てることができる程度の情報しかない。


 ごく稀に、近くにある極小の集落から馬に乗って移動をしている人の姿が見られることもあるが、すぐに視界から消えていくので、時間を潰すことができる見世物にもなりはしない。


 すると、三頭ほどの黒い馬が、列車とすれ違う方向に駆けていく姿が早速車窓に映ったが、馬と列車、お互いの速さ故に、すぐに後方へと消えていってしまった。


 先ほどまでは座席の上で横になり、惰眠をむさぼっていたグリードも、今は狭い窓枠に肘をつき、頬杖をしながら窓の外をぼんやりとした眼で眺め続けていたが、馬たちの動きを目で軽く追った後、窓際から座席の中央へと移動し、今度はじっと前の車両へと続くドアをじっと見つめ始めた。。


 それから、わずか数秒後。


 線路からくるものとは明らかに違う、激しい衝撃によって車体が揺れたかと思えば、甲高いブレーキ音が突如として響き渡る。


 急ブレーキがかかったことは、誰もが理解できることであったが、すっかり気を緩め切っていた乗客たちは、そんなことを考えるよりも先に、慣性に引っ張られて転倒しそうになる自らの身体を、なんとかしてその場に保とうと必死に努めるにとどまっていた。


 そして、完全に列車が停止してから、乗客たちが騒ぎ始めるまでのわずかな間、静寂が支配する空間の中で、グリードのみが座席の陰に入り込むようにしゃがみ込み、これから起こるであろう出来事と、やってくるであろう人物に備えた。


 間もなくして、慌てふためく乗客と、それをなだめようとする列車の添乗員の声が絶え間なく繰り返され、いまだかつてない混乱が巻き起こされる。


 とてもではないが、このままでは例え列車が急停車した原因が解決したとしても、発車までに時間がかかってしまうのは明らかだ。


 それを察して――というわけではないだろうが、渡りに舟といったタイミングで、パニックを起こし、騒ぎ立てる乗客たちを鎮まらせたのは、皮肉なことに拳銃という圧倒的な武力を手に、三等車両へと乗り込んできた黒服の男たちであった。


「――騒ぐな。騒いだ奴は容赦なく撃つ。命が惜しければ、黙って言うことに従え」


 有無を言わさぬ威圧的な声。


 しかも、黒服の男たちは入ってきた人数だけでを見ても4名はおり、とてもではないが、個々が立ち向かって無事に済むような相手ではない。


 乗客たちも、一度過ぎ去ったと思った災難が、何倍にもなって戻ってきたことに、ショックと絶望を覚え、今にも泣き崩れてしまいそうになりながらも、懸命に口元を押さえ声を出さまいとしていた。


 そんな停車した列車の中、誰かが助けに来るという保証はゼロに等しい現状で、黒服たちが入ってきた、車両間をつなぐドアが再び開き、どこか聞き覚えのある声が、笑いを伴って、その場にいた全員の耳に届く。


「さっきはよくもコケにしてくれたな」


 黒服の間をすり抜けるように前へと出てきたのは、先ほどグリードが撃退した赤茶色いスーツの若者――マルクであった。

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