第7話 場違いな少女

 拳銃騒動の主犯たる男――マルクが退場したことにより、三等車両内はつい数分前と何ら変わらない、落ち着いた空気を取り戻していた。


 一時はドア前に殺到していた人々も、胸をなでおろしながら元々着いていた座席に戻っており、まるでホラーをモチーフにしたアトラクションを体験した後であるかのように、先ほどの出来事について談笑をしている。


 そんな和やかな空気が漂う車内で、唯一ともいえる直接的な被害者――トランクケースを奪われかけた少女だけが、緊張感を保った顔でグリードに頭を下げた。


「あの、さっきはどうも、ありがとうございました。あなたが居てくれたおかげで、こうして荷物も取り戻すことができました。何とお礼を言っていいか……」


「あ? あぁ……気にすんな。お前を助けるためにしたことじゃない」


 事案の功労者であるグリードは座席の上で脚を組み、少女の謝辞を煙たそう顔をしながら聞き流すと、手を軽く振りながら退場を促した。


 しかしながら、少女は性格故か、はたまたグリードの意図に気付いていないのか、なおもその場に留まり、食らいつく。


「でも、助けてもらったのは事実なので、何かお礼をさせてください。助けられて、何もお返しをしないとなれば、私の気持ちが済みません!」


 頑として譲ろうとしない少女の姿勢に、グリードは深くため息を吐き、顔だけを少女の方へと向けると、ゆっくりと諭し始める。


「お前の気が済もうと、済まなかろうと俺の知ったことじゃないんだよ。それに、どれだけ上品な生活をしてきたか知らないが、お礼をしたいだなんて、少なくともここに居る連中に言っていい言葉じゃない」


 グリードの言葉に、少女は懸命に耳を傾けるが、その意味までは理解できなかったらしく、わずかに眉をひそめる。


 対するグリードも、少女の微細な変化を看破し、多少言葉を選ぶ素振りを交えながら、続けた。


「この車両に乗るような連中は、お前が思っているほど礼儀も義理も持ち合わせてないってことだ。さっきのお前みたいにお礼をするだなんて絶好の隙を見せたら、それこそ骨の髄までしゃぶりつくされるぞ」


「でも、それなら、グリード……さんは、どうして私にそんなことを教えてくれるんですか? さっきの通りなら、グリードさんだって私を騙せるはずですよね?」


 まっすぐに投げかけられた少女の問いかけに、グリードは一瞬言葉に詰まる。


 しかし、一度咳ばらいをした後に、視線を少女から窓の外へと逃がしつつ、答えを連ねた。


「俺はわかっていてこの車両に乗ってるからな。三等車両だったら多少態度が悪かろうと、注意してくるようなやつもいない。だけどお前は違うだろ? こんな車両に乗るような人間の態度じゃないのは誰の目にも明らかだ。これだけ説明すれば、もう十分だろ。さぁ、お前も席に戻れ――」


「でも――」


 なおもしつこく食い下がろうとする少女であったが、その瞬間、グリードは少女の顔を見据え、その顔を指さす。


「それと、最後にひとつ言っておく。俺は、仕事の報酬以外、金も施しも一切受け取らねぇ。これは俺と関わる上での絶対的なルールだ。覚えておけ」


 そう口にしたグリードの顔は、憂いと狂気が入り混じったような、それを見た者が二の句に困るような表情をしていた。

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