喋る鯉と二人の幸せな時間
学校が終わり私は、家へと帰った。
帰った私は、荷物を二階の自室に置くと、家の縁側に座った。
久しぶりの学校、疲れはしなかったけれど正直、どうしてあんな場所に通わなくてはいけないのかは、全くとしてわかることはなかった。
そりゃ一日だけ、何日ぶりかに行ったとしてもわかるわけがないという話ではあるけれど、あそこに行く意味全校生徒の何割が見出しているのか私は、少しだけ興味が湧いた。
そんな興味も数秒縁側から見える池、その中にいる赤色の鯉を見ていると、薄れていく。
私は、興味が湧いたとしても、その興味はすぐにどこか遠くの誰かが盗んでいってしまう。
だから私はどうでもいいのだ。
今朝氷雨には、勉強がどうでもいいと言った。けれど、本当は勉強以外のこともどうでもいい、全てがどうでもいい、極端に言ってしまえば、死ねるのなら、私は今すぐにでも死んでもいいと思っている。
だってどうでもいいのだから。
友人関係、趣味、親子関係、そもそも私の中にはそれぐらいしかなかったけれど、そのどれもが面倒くさい。面倒くさいことは全部どうでもいい。
例え今私の目の前に喋る猫がやってきたとしても、私はそれをどうでもいいそう言うと思う。飼ってくれというなら飼ってやるし、餌だけくれというなら餌だけやる。そんな感情しか浮かばないほどに、私は生きていることが、どうでもよかった。
「お前さっきから、どうでもいいどうでもいいうるさいんだが」
どこからからか男の声がする。
父親の声ではない、私は辺りを見回すけれど、人影一つも目に入らない。
聞き間違いか。
まぁどうでも──。
「またどうでもいいって言おうとしたな? お前もう少し興味持つか怯えるかしろよ、突然男の声がしてどうでもいいで片付けようとするの、頭おかしいんじゃないか?」
またもや男の声がした。
今度は聞き間違いでも、空耳でもない、確実に男の声が私の耳に入ったきた。
私は、声が聞こえた場所に足を踏み出した。
足元にあったサンダルを履き、縁側から外へと出てそのまま真っ直ぐに足を進める。
私が足を進めた先には池がある。池を覗き込むとそこには鯉がいる。赤色の鯉、父親のまた父親そのまた父親またまたその父親またまたまたその父親、その頃から飼われている鯉だそうだ。
私はよく知らないし知りたくもない。興味が湧かないし元から興味もない。
そんな由緒正しい鯉に私は、話しかけた。
「あんたが喋ったの?」
半信半疑だった。
常識的に考えて鯉が喋るはずがない、そうは思うけれど確かに私には、聞こえたのだ──池から誰かが喋る声が。
もし池を覗いてそこに父親でもいれば、母さんに言いつけて説教してもらえばすむ話ではあるのだけれど、今回は違う、池を隅から隅まで見渡しても私の視線に入るのは、一匹の鯉だけだ。
声がする。
「そうだ、俺が喋った鯉だ」
鯉は私の問いに喋れることが当然かのように、受け答えをした。
「あんた喋れたの?」
「喋れたというよりは、喋れるようになったっていう方が正しい。言葉はちょっと前にわかるようになったから、あとはどうやって俺の気持ちを人間に伝えるかが、課題だったんだけどよ、お前がぐちぐちつまんねーことを何回も繰り返し言ってから怒りに任せてやってみたら喋れたって感じだな」
「そ、そうなんだ」
流石の私も鯉が喋れば興味が湧く。さっきは喋る猫がどうたらこうたら言ったけれど、実際に目前に喋る鯉がいるのに、どうでもいいで済ませられることではない。
「そうだろそうだろ、喋る鯉。珍しいもんなー興味湧くよな、どうでもいいなんて言えないよなぁー、さぁなんでも聞いていいぞ」
そう上から目線で言われると若干癇に障るけれど、しょうがない流石に聞かないわけにもいかない。
「えっと」
口を開く。
けれどその後に続く言葉を私が、見つけることができなかった。
なかったのだ、この喋る鯉に聞きたいことなんて、一個も──一つも、見つからない。何を聞くの? 何故喋れるのかは、もう聞いた。いつからこの池にいるのかは、もう知っている。
この鯉に興味はあるのかもしれない、けれど何か聞きたいことがあるのかと問われれば私は、ないと答える。
それぐらいの興味だった。
その程度の興味私は、どうでもいい。
だから私は、池から足を引き家の中へと戻っていく。
その時後ろから鯉が何かを言っているのが、聞こえたけれどそんなこともどうでもいい。
鯉が喋ったとしても、喋らないとしても私には、どうでもよかった。
まぁ、たまに雑談相手にでもなってくれればそれでいい。
縁側からリビングに戻った私を、母さんが捕まえた。
「あんた今日はちゃんと学校、行ったんでしょうね」
鋭い目つきで、私を睨みつけてくる母さん。今朝よりはだいぶ優しい目つきにはなったけれど、それでもまだ私を目だけで怯えさせる。
私はそんな母さんに、声を震わせた。
「行ったよ、ちゃんと行った。気になるなら
「それもそうね」
そう言って母さんは、ポケットからスマホを取り出すと慣れた手つきで、電話をかけた。
私が言ったのだから当たり前なのだけれど、なんだか自分の友達が自分の母親と電話番号を交換していて、しかも仲良く電話をしている光景は、なんだかムズムズする。これは私だけなのだろうか。
「うん、うん。ホント、それならよかった、あーはいじゃあ待ってるね
最後に氷雨の名前を呼んだ母さんは、電話が終わると私に視線を戻して言った。
「行ったのは本当みたいね」
「何回も言ったんだけど」
「信じてもらえないのはあんたのいつもの、素行の問題よ。普段からちゃんとしてくれれば普通に信じるよ」
「そ、まぁ別に信じてもらわなくてもいいよ」
「そうですか、あんたがどう思っていようと私には関係ないけどさ、もう少し私が信じられるくらいにはちゃんとしてね」
母さんの言葉に返せずにいると、それからと母さんは言葉を繋げた。
「加菜ちゃん今から来るって」
そのセリフから数分と経たずに、家の呼び鈴は音を鳴らした。
私は、リビングから玄関に向かいドアを開けた。
ドアの前にいたのは、普段は下ろしている黒髪をポニーテールに結い上げた、氷雨の姿があった。
「どうしたの突然」
「お母さんがね、いっぱい貰ったからって」
これ──と手に出したのは、アイスが詰め合わせてある袋だった。
アイスを沢山貰う家というのもなんだか不思議だけれど、まぁそういうことも世の中には溢れかえっているのだろうから、いちいち疑問を持っていても仕方がない。
「ありがとう、ウチ家族全員アイス好きだからって、そんなこと知ってるか」
「うん知ってる」
「どうする? 上げってく?」
アイスを受け取りながら、私は氷雨に訊く。
氷雨は少し悩んでから、コクっと頷いた。
「少しだけ」
そう言って靴を脱ぎ、家へと上がった。
氷雨を先に部屋へと向かわせ私は、キッチンにある冷凍庫にアイスをしまう。冷蔵庫を開けたついでにコップにお茶をくむ、それを手に取り二階へと向かう。
二階の自分の部屋では、氷雨が居心地がよさそうにくつろいでいた。
私のベッドの上で、漫画を読んでいる氷雨に声をかける。
「お茶置いとくよ」
「うー、ありがとう」
この部屋に慣れきっている氷雨を横目に、コップを机に置いた私は、テレビに繋がっているゲーム機の電源を入れ、ゲームを起動した。
ジャンルは、2D格闘ゲーム。
高校生になってから何か新しいジャンルのゲームをやりたいと思い、始めてみたゲームだったけれど、これが予想以上に面白くハマってしまった。
まだまだ私は、初心者の位ではあるけれど、やる度やる度に新しい発見がありそれがまた面白い。
オンラインで対戦相手を見つけ、いざ試合開始。
そのタイミングで私の後方から、のんびりとだらけている声が聞こえてくる。
「
私は、対戦をしながらもなんとか、返事を返す。これが上手い人になれば、生配信のコメントを読みながらでも動きがぶれないのだから、人間は凄いなと思う。
「えー、本棚にない?」
「ないよー、この部屋のどこにもないよぉ」
「いつのまに部屋中探したんだよ、ないってなると多分姉ちゃんの部屋だと思う、これ終わったら取りに行くからちょっと待ってて」
「わかったー」
そう言うと氷雨は、ベッドから下りて私の横にだらけた姿勢で座りテレビの画面を眺めている。
知らないゲームの、それも対人戦のゲームの画面を眺めていて氷雨は、楽しいのだろうか。多分楽しくはないだろう。ただの暇つぶしだと思う。
対戦相手のキャラに華麗なコンボを決めて、相手キャラの体力をゼロにした。これで私の勝ち。
本当はもう一試合できるのだけれど、今は姉ちゃんの部屋に行かなくては行けないので、対戦を終了して私は、部屋を出た。
自分の部屋、その右隣にある姉ちゃんの部屋の扉を私は、ノックもせずに開けた。
「姉ちゃん、この漫画の続きこっちにあるよね?」
手に漫画を持ち目前を見るとそこには、ベッドの上で女の人を押し倒している姉ちゃんの姿があった。
姉ちゃんが押し倒しているその女の人を私は、見たことがなかったけれど、とても綺麗な人だった。
姉ちゃんが真っ黒いボブの髪に対して、姉ちゃんが押し倒している女の人は、茶色の髪を綺麗に伸ばしていて、触り心地が良さそうな髪質を遠目から見ても感じさせた。
姉ちゃんと優しい目をした女の人に会釈をした私は、ゆっくりと音を立てないように扉を閉じる。
その時部屋の中から、「ちょっと待って、勘違いだから」などと言う私を止めようとする姉ちゃんの声が聞こえてきたけれど、それを無視して部屋から足を退かした。
自分の部屋に戻りながら考えを巡らせる。
あの綺麗な女の人は誰なのだろう。
背丈とか雰囲気とかが、姉ちゃんと似ていたのだから多分、姉ちゃんと同じ大学生ではあるのだと思うけれど、そりゃ大学生にもなれば家でそういうことをしたりもするのだろうけれど、女の人だったんだよな、女の人、同性。そんな現場を見てしまうのは、とても気まずい。
これから姉ちゃんにどう接せればいいのかも、分からなくなってくる。
分からない、分からないけれど、それもまぁどうでもいい。姉ちゃんが男と女どちらを好きになろうが、どういう人を好きだろうが、どういう状況でそういうことをしようが、私がそのことを知った後のことなんてどうでもいい。
私が、今までと変わらずに接せれば何も変わらない。
「ごめん、この漫画今姉ちゃん読んでるみたいだったから、また今度でもいい?」
部屋に戻った私は、部屋の中でついさっきまでのだらーっとした体勢ではなく、男の人が好きそうな可愛いポーズで、私を待っている氷雨の姿があった。
「うん、別に大丈夫だよ」
ここで、嫌だ絶対取ってきてという人と、私は仲良くなれる自信がないので、その返答は予想できるものではあった。
「なんかする?」
氷雨の隣に腰を下ろす。その時によっこらせなんてことは言わない、爺くさいから。私はまだ若くいたい。
「うーん、別にいいやこのままで──このまま白雪が隣にいてくれればそれで」
そう言うと氷雨は、私の肩に頭をコツンとゆっくりと下ろした。
「そう、じゃあこのままで」
その言葉以降私たちの間に会話なんてものはなかったけれど、それでも幸せだった。
それから数時間が経って、氷雨が口を開いた。
「わたしそろそろ帰るね」
「もうこんな時間か、玄関までだけど送ってくよ」
「ありがと、それと」
氷雨は、私の本棚から数冊の漫画を取り出した。
「これ借りて行っていい?」
その漫画は、数時間前に姉ちゃんの部屋へと取りに行った漫画の、別の巻だった。相当気に入ったようで、先ほどまで読んでいただろうにまたパラパラとページを捲っている。
「いいよ別に、いくらでも」
「ありがとう」
その時の氷雨の表情は、笑っていた。
その後玄関で、靴を履き終えた氷雨に私は、喋りかける。
「氷雨、またね」
「うん、また明日」
また明日、私が学校に行くのならばまた明日会うのだろう、私が明日登校しないのならば、明日は合わずに明後日に会うことになる。
氷雨が学校をサボると言うのならば、毎日会えるようになるけれど、そんなことは万に一つもないだろうから、多分明日は会わないのだろう。
だから私は、氷雨と別れる時には毎回こう言うと決めている──
「またいつか」
と。
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