どうでもいいは便利な言葉

tada

プロローグ

白雪しらゆき、あんたそろそろちゃんと学校来なよ」

 朝の通学路である神社を歩いていると幼馴染で、私とは対照的な存在の氷雨ひさめがそんな説教じみた台詞を口にした。

 珍しく朝早く起きてみればこれだ。私はゆっくり一人で学校に向かうつもりだったのに、氷雨に見つかり無理矢理一緒に登校することになってしまった。

「何が早く起きただ、学校サボってるのがバレて叔母さんに怒られただけでしょ」

「あー、やめてやめて母さんのことは言わないで、思い出すだけで鳥肌が立ってくるよ」

 本当にやめてほしい。

「そんなに怖いなら真面目に学校行けばいいのに」

「まぁそうなんだけどさー、いまいち行く気起きないんだよなぁ」

「なんで? 昔は、わたしを無理矢理にでも早く起こして普通の生徒の一時間前には登校してたのに」

「そんな昔の話を言われても困るけどさ、まぁその時は学校が楽しかったんだろうさ、行く意味を自分なりに見つけられていた、ただそれだけだと思う」

 本当にそれだけだ。

 それに小学生──それも低学年の頃って無条件で、学校は楽しい物だった。

 今はそれが楽しくないものに変わったからサボるし、けど親に叱られたら行くそのぐらいの場所になってしまっているだけってことだと思う。

「そっか、まぁ普通はそうなんだろうなぁ、学校はつまらない場所で、行く意味のない場所」

「普通って、それが普通とは私は言わないよ、だってクラスのやつらは普通に学校通ってるし、サボってるやつなんて私ぐらい、そんなやつを普通の常識にするのはそれこそ普通じゃないでしょ」

 氷雨は、昔から何故だか私を普通にしたがる節がある。前述の早めに登校していった話もその当時氷雨は、それが普通だと言っていた。

 私に無理矢理起こされて早くに登校するのが、普通だと氷雨は言っていた。

 私を普通にしてなんの意味があるのか、普通にした私のそばにいて氷雨は何か得をしているのか、普通に疑問だったけれど、私がそれを氷雨に訊くことはない。

 幼馴染ではあるけれど、私と氷雨の間には確かに踏み込んではいけない、ラインのようなものが引かれている。

 氷雨のラインが、今の疑問というだけだ。

 だから私はラインを踏まないし踏ませない。

「そうかな?」

「そうだよ、私を基準に普通を図るのは、あまりいい手段とは言えないと思うよ。どちらかと言えば普通なのは氷雨の方だしね」

「わたしが普通? うーんまぁそれでいいや、わたしが普通で白雪が異常ってことでいいか」

 私が異常とまでは言ってないけど。

 昔から勉強はキッチリと全て解けるまで続けるくせに、それ以外のことは大雑把に、まぁいいやと片付けてしまうそれが氷雨だった。

「氷雨って結構雑な性格してるよね」

「そう? まぁ確かに勉強以外のことはわりとどうでもいいかも」

「それってどうして? 私は勉強のほうがわりとどうでもいいなって思っちゃうんだけど」

「うーんそれを説明するのも面倒だけれど、簡潔に言うなら勉強は絶対に正しい答えがあるからかな」

「というと?」

「勉強ってさ答えが決まってるじゃない? そりゃもちろん授業によってはないものもあったりはするけれど、大抵の言ってしまえば成績に直接関わってくるようなものは答えが決まっていて、それを解くのが勉強」

 私はそれが面倒くさい。

 自分の意見なんてものは必要がない。元から定まっているものを、過去の人たちから受け継がれたものをそのまま継承するだけ、それの何が楽しいのか私にはわからない。

 私はやりたいようにやって、生きたいように生きる。

 そんな人生のほうが楽しいと、私は思う。

 けど氷雨は違うらしい。

「それに比べて勉強以外のものって、基本的に答えがないじゃない? 例えば今しているこの登校中の雑談、これに答えなんてものはないし、そもそも答えなんていらないものではあるけれど、そういう答えがないものに私は魅力を感じない。なったとしても暇潰し以上の何かにはならない」

「ふーん、意外と氷雨のこういう話聞かないから新鮮」

「こういう話しなくてもなんだかんだ仲良いし」

 そうなのだ。

 お互い踏み込まなくてもなんだかんだ仲がいい、それでいい。

 お互いがどう思っていようと、お互いの思いが真逆だろうと仲がいいならそれでいい。

 私たちはそういう関係でいい。

 深く踏み込むような、フィクション的展開はお互いに望んでいない。

 だから、私はこう言ってこの話を終わらせる。

「全部面倒だしな」

「だねー」

 この部分だけは一致するのだから、不思議だ。


 学校に到着した私と氷雨は、靴を履き替え自分たちのクラスがある二階に向かう。

 うちの学校は、一階が一年、二階が二年、三階が三年となっているので、正直学年が上がるごと通うのがにだるくなってくる。

「逆のほうがよくない?」

 私は教室に着くまでの間、氷雨に問いかけた。

「何が?」

「学年ごとの階、一年が三階で、三年が一階、そっちの方がよくない?」

「あーそういう、正直すっごくどうでもいいけれど、その問いに答えるなら答えは、すっごくどうでもいい」

「何その本当にどうでもよさそうな答え」

「だってわたしたち二年じゃん」

 その通りだった。

 今の私たちには関係のない話だった。

 来年三年になった時、考えればいい話だった。

 そもそも私は学校サボってるからあまり関係がなかった。

「どうでもよかったな」

「だねー」

 そんなどうでもいい雑談を終わると、都合よく教室に到着した。

 久しぶりの教室。

 緊張なんてしない。

 私は勢いよく扉を開いた。

 私の目前には人間二人の両手、計四本の手で作られたハート型が現れた。

 私と氷雨は互いに顔を見合わせ、首を傾げ、ため息を吐く。

 このやっている行為自体は意味はわからないが、この行為をやっているやつらの目星はついている。

雪風ゆきかぜ姉妹、これは何ですか」

 代表して私が、問いかける。

 するとヒョコっと左右から同じ顔が、顔を出した。

「何って決まってるじゃん、ラブラブ夫婦をお出迎えするためのアーチだよアーチ」

ゆきちゃんこの二人の場合は、夫婦じゃなくて、婦婦ふうふだよ」

「あそっか、ふうちゃんありがとう、さすが私の妹!」

「そんなに褒めてもなにも出ないよ雪ちゃん、それに褒められるべきはこの作戦を考えた雪ちゃんのほうだよ、さすが私のお姉ちゃん!」

「そう? 私凄い? えへへ」

「うん凄い! 雪ちゃん凄い!」

「もう褒め上手なんだから、後で何か買ってあげるね」

「えーホント? やったー! って私たち二人で一つの財布なんだから雪ちゃんに買ってもらっても、結局私が買ったのと変わらないよ!」

「確かになぁ、けど同じ物をお姉ちゃんからプレゼントされるのと、自分で買うのどっちの方が嬉しい?」

「そりゃもちろん雪ちゃんからだよ、もう、じゃあ後で私の好きな物買ってね」

「もちろん! なんでも買ってあげちゃう──って風ちゃんそろそろ本筋戻さないとお二人の顔が、やばいことになってるよ」

「うわー、ホントだ。私たち殺されるかも、えっとそれじゃあ雪ちゃんよろしく!」

「任せろ風ちゃん! それじゃあえーコホン、ラブラブ婦婦のためのアーチ、さぁお二人潜くぐってどうぞ!」

「潜るか!」「潜んないよ!」」

 私は、左の風を、氷雨は、右の雪を、二人同時に勢いよく殴った。

「あんたら姉妹は毎度毎度なんなんだよ! いちいちイチャイチャしやがってよ! それに夫婦か婦婦なんていう文字でしか伝わらない間違いどうでもいい! 私と氷雨には同じようにしか聞こえないし、しかもその間違いを訂正にするのに何分使うんだよ! 待たされてるこっちの身にもなってくれ、それにやってることがしょーもない! 最後に! 私と氷雨は、夫婦でもなければ婦婦でもない!」

 はぁはぁ──完全に息が切れた。

 私の隣で、氷雨がお疲れと言うように肩に手を置いていた。

 久しぶりに登校して初めに会うのがこいつらなのは(氷雨を除き)最悪だと言える。

 完全に私たち二人をおもちゃとしか思っていないこの双子、学年が上がりたまたま近くの席になったというだけで(うちの学校は五十音順ではなく最初からくじ引き)お昼を一緒に食べ下校を一緒にした。その日以降何故だか気に入れられてしまったのか、私たちに付き纏うようになってしまった。

 最悪だ。

 どこが最悪かと聞かれれば私はこう答えるだろう。

 ただただ面倒くさい。

 今さっきまでの行為を見てもらえればわかると思うけど、この双子は何故だか私と氷雨を仲のいい幼馴染ではなく、仲のいい熟年夫婦ということにしたいらしい。(この双子に合わせるなら、熟年婦婦)

 迷惑極まりない行為だ。

 私たちの間に恋愛感情なんてものは一切なく、ただの幼馴染それだけなのに、この双子はそれを何度言ったとしても受け流してしまう。

 だから今日は、殴って見たのだけど、この双子には全く効果がなかったようだ。

「お二人さん息ピッタリですねー、さすが熟年婦婦」

 と金髪のツインテールをピョコピョコさせながら、私にうざったらしく絡まってくる姉の雪。

「いやー本当に、息ピッタリ。私たちも相当息ピッタリな姉妹なのにそんな私たちを片手で捻り倒せてしまうぐらいには、息ピッタリでしたねー」

 と銀髪のツインテールをピョコピョコさせながら、氷雨にうざったらしく絡まってくる妹の風。

 本当に面倒くさい。

 そう思っているのは私だけじゃないらしく、普段の状態でさえ怯える生徒がいるほどにキリッとしたツリ目をさらに細くし、睨みつけている氷雨。

 相当にご立腹の様子。

 あーこれは、雪風姉妹人生ゲームオーバーだな。雪風姉妹、意外と悪いやつではなかったとは言えないけれど、一瞬でも一緒にいたことは本当だからお悔やみだけ申し上げとく。

「さようなら」

 私の言葉を皮切りに氷雨は、雪風姉妹へと一歩近づいた。

「氷雨さん?」

「怖いですよ?」

「突然ではないけどどうしたんですか?」

「氷雨さん、そんな怖い目で私たち雪風姉妹を睨まないでよ」

「私たち今から殺されるんですか?」

「氷雨さん?」

「返事してよ」

「氷雨さん?」

 雪風姉妹は、蛇に睨まれた蛙のように身動き一つ取れなくなっている。瞬き一つしない雪風姉妹。

「わたしはあなたたち二人を絶対に許さない」

 そんなどこかの少年誌で、聞きそうなセリフを氷雨は口ずさんだ。そこまでのことではないような気もするけれど、氷雨は相当に本当にご立腹だったみたい。

 ここまでのことはそうはない気がする。昔から一緒にいる私の記憶に間違いはないはずだ。

 多分そのはずだ。

「やめて!」

「氷雨さん!」

 悲劇のヒロインぶっている雪風姉妹に、氷雨は言い放った。

「さようなら」

 そして雪風姉妹は、命を落としたのだった。


 昼休み。

 四つの机を並べてご飯を食べる。

「いやー、今日のは本当に危なかったねー」

「だねだね、本当に殺されると思ったよ」

 私の正面に座り、金髪と銀髪のツインテールをピョコピョコさせながら、楽しげに会話をしている雪風姉妹。

 そんな雪風姉妹に、私は問いかけた。

「あんたら二人、なんでそんなに私と氷雨を気に入ってんの?」

「なんでって、特に理由なんてものはないよ、私と風ちゃんが気に入ったから詩織しおりちゃんと加菜かなちゃん二人と一緒にいたいと思うから、こうしてるだけ」

 私の下の名前詩織と、氷雨の下の名前加菜を当たり前のように呼び、ピョコピョコさせていた金髪を止め(自在に髪を動かせるのが少しだけ羨ましい)言う。

「そうそう、雪ちゃんの言う通り、私たちが二人を気に入っているのに理由なんてものはないの、私たちは私たちが感じたことをそのまま行動に移してるだけ、そこに理由なんていう私と雪ちゃんを縛り付ける鎖はいらないの」

 風はピョコピョコさせていた銀髪を止め、雪の言葉を繋げる。

 雪風姉妹の言葉は多分嘘だと思う。

 人間誰しも理由なしになんて動けない、どれだけ理由のないように見える行動だろうと、私はなにかしらの理由があってその行動をしたのだと思ってしまう。

 例えばなんとなく家の冷蔵庫を開ける。

 そして近くの人に何? と聞かれ開けた本人はなんでもないと答える。

 この一見理由のないように見える行動にも、何か食べ物をまたは飲み物を探す食欲と探究心のようなものが、あると思う。

 それが冷蔵庫を開けた理由とはいちいち言う必要がない、だから人はなんとなくという言葉を頻繁に使う。頻繁に使い、頻繁に自分の行動理由を隠す。

 それが私が考える人間。

 だから私は思う。

 雪風姉妹は、嘘をついていると。なにかしらの理由があって私と氷雨を気に入った。そのはず。

 だけれど、私はそんなことはどうでもいい。雪風姉妹がどんな理由で私と氷雨を気に入っていようと、私には関係ないし、これ以上深く関りたくもない。

 それが雪風姉妹と私との間にある踏み込んではいけないライン、そんなような気がするから。

「そっか、まぁどんな理由があろうと私は、どうでもいいよ」

「だねー」

 今まで黙々と食事をしていた氷雨も、そこには同意してくれたようだった。

「どうでもいい、凄く便利な言葉──」

 そう呟いたのは、誰だったか、それこそどうでもいいことだなと私は思ってしまった。

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