第212話 論功行賞

 装飾過剰な玉座には皇帝、左右には文武百官が居並ぶ。カルタゴとの間で交えられた一連の戦に関する報告が、今行われようとしている。


 御前にひざまずくのは、今回の指揮官であったアスランとムザッハル。その両側には今回軍監に任ぜられた二人が立ち、取りまとめた戦果とそこに至った経緯を、朗々と読み上げてゆく。


 年嵩の軍監が満足げに報告を終えると、もう一人の軍監であるハディードも、ほっとため息をつく。彼はこういう報告を行う栄誉など求めず、全て年長の軍監に譲っている。


 実のところ流麗な文体で書かれた報告のほとんどは、彼が起草したものであるのだが、彼にとって目立つことは危険である。その意図を悟られぬよう、ムザッハルに対する皇帝の印象を良くしてやれれば、十分なのだ。


「ふむ。先般戦象部隊を壊滅せしめたのに続き、こたびは敵の砦を完全破壊。それにとどまらず無敵艦隊と呼ばれるカルタゴのガレー船隊をもほぼ全滅に追い込んだと……見事な戦果だ。兵力の損耗はほとんどなく、加えて二万を超える捕虜を得た……まさに、帝国建国以来の功績よの」


「はっ、ありがたきお言葉!」


 ムザッハルの言葉が歓喜にうわずる。彼にとって父からこのように手放しで褒められたことなど、ここ十数年なかったことなのだ。


 モスルに勝利し久方ぶりの領土拡大を成し遂げたさきの戦に対しても「評価に値する」程度のレスポンスであったのだが……さすがに厳しい皇帝も、ここまで圧倒的な力を示されれば、認めざるを得なかったのであろう。


 だが、ムザッハルの感動も、長くは続かなかった。


「恐れながら……陛下のお言葉、ちと過剰なように見受けられますな」


 水を差したのは、宰相である。美食と美酒で弛み切った身体を絹服に包み、やたらと金色の装飾品をじゃらじゃらと身に着けたその姿は滑稽だが、実際のところ貴族の中では最高の権力を持つ男で……そして、アスラン派の首魁でもある。


「ふむ、宰相よ。ムザッハルの功、そちには物足りなかったか」


「いえ、ムザッハル殿下の部隊が挙げた戦果、まことに大なるもの。そこに異論を唱える者はおりますまい。しかし……」


 わざわざ意味ありげに言葉を止める宰相に、続けるよう皇帝が促す。


「お許しを得て申し上げまする。こたびの戦功、本当にムザッハル殿下のものと言ってよろしいのでありましょうや?」


「どういうことか?」


「最強の戦象部隊を壊滅させたのは誰か、それは怪しげな魔女。アレキサンドリアの砦で城壁を無力たらしめたのは誰か、それも怪しい魔女。そして湾を凍らせ、無敵艦隊を木偶のように縛ったのは誰か……これも、怪しげなイスファハンの魔女ですな。まあ愚かな兵士どもは『女神』などと呼んでいるようでありますが」


「怪しげでも何でもない! フェレ嬢は清らかな心を持った乙女だ、そして卓抜した魔術の才を持っている。そして彼女が我々に与えてくれた加護……これを女神の恩寵と言わずして、何と言うのだ!」


「おやおや、殿下はすっかりイスファハンの魔女に飼いならされて居るようですな。そして、一連の戦で策をめぐらせたのも、殿下の子飼いでも何でもない、自称『軍師』なるやはりイスファハンの回し者」


「宰相……貴様」


 暴発寸前のムザッハルだが、ようやく少しだけでも心が通じた父帝の前である。ぎりぎりと奥歯を噛み締め、辛うじて耐える。


「結局のところ、今回の戦は、あの怪しげな二人を連れてゆきさえすれば、ムザッハル殿下でなくとも、勝てたのだということですよ。それが、アスラン殿下であっても、結果は同じだったのではありませんかな」


「くっ……」


 もはや忍耐の限界を超えているが、それでも今日のムザッハルは立ち上がらない。謁見の直前にハディードとファリドからしつこいほど「絶対に激発するんじゃない、敵の思う壺だ」と説かれていたのだ。だが動かぬ姿を弱気と取ったのであろうか、隣で畏まっていたはずのアスランが、立ち上がって口を開いた。


「そう、私が指揮をとっても、あのくらいのことはして見せたはず。いやむしろ、もっと有効に使っただろう。聞くところによれば、ムザッハルはあの虜囚どもに厚遇を与え、やつらの機嫌を損ねぬよう汲々としているとか。敵であるイスファハン人に対してそんな卑屈な態度……王者の振る舞いとは言えぬな」


「ファリド卿やフェレ嬢は、俺と『友』になると言ってくれた。友の心を重んじるのは当たり前のことだろう……俺のそんな気持ちを汲んで、彼らも力を貸してくれたのだ」


「友! 友だと? いやはや、ムザッハルの口からそんな甘っちょろい言葉が出る日が来るとは。ぼっちのお前のことだ、ちょっと優しくされて、あいつらにだまされているのだ」


「……いくら兄といえど、友を嘲られては許せぬ」


「許せぬ? 許せぬか、ではどうする? 陛下の御前で剣を抜くか? あ?」


 もうダメだ。耐えろと言われていたが、もう限界だ。自分のことならともかく、あの二人を蔑まれては、こらえ切れない。ムザッハルがそう胸の中でつぶやいて膝に力を入れた時、沈黙していた皇帝が、感情のこもらない声を発した。


「アスラン、ではお前があの二人を、使って見せるのだ。そしてカルタゴの残党を討ち果たせ。さすれば、お前の能力も賞賛しようし、望むものも与えようぞ」

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