第198話 マルヤムの才能

 「身体強化」魔術に非凡な才能を示したマルヤムだが、次の段階……フェレが操る魔術の本領である「粒を動かす」訓練にはさすがに苦戦した。そもそも普通の魔術師は一つの物体を動かすのが精々なのだ。数えきれないほどの「粒」に異なる動きをさせることができるフェレは規格外の存在、簡単に真似できるものではないのだ。


 だがこの娘が持つ才能もまた、稀有なものであるようだった。テーベで一緒に暮らしてからの数週間、フェレが娘の小さな身体をぎゅっと抱きつつ魔力の流れを示してゆけば、マルヤムもぎこちないながらそれを吸収してゆく。そして出来ることが一つでも増えるたびに、心の底から嬉しそうに表情を崩して我が子の成長を褒めるフェレの姿に、さらにマルヤムがやる気を燃やすという、好循環が生まれているのだ。


 そして出征計画が発表されたこの日、ついに「粒」を集めて蛇状を形づくり、宙を舞わせる技にたどり着いたのだ。フェレが娘を絶賛したのは言うまでもないが、マルヤムの「蛇」はフェレのそれと、随分違っていた。


「……すごい、こんな大きな石が動かせるんだ」


 フェレが掌に乗せたのは、豆粒ほどの砂利。フェレの得意技「砂の蛇」を、マルヤムは今「砂利の蛇」として再現しているのだ。砂粒より大きなものは動かせないフェレにとって、そんな砂利を自由に動かす娘の才能は、誇らしくも驚きの対象である。


「母さんの方が凄いよ? だって、私はあんなたくさんの砂粒を同時に動かすなんて、できないもん」


 そう、フェレの本領は、並外れた「粒」の認識力。小さな粒であればそれが何万個何億個であろうが個々の粒を認識し、統一された動きをさせることができるのだ。マルヤムはより大きな粒を扱う力を持っているが、同時に操れるのは精々百個ちょっとだ。


「マルヤム様の術は、フェレ様より戦闘向きだと思うわ。特に近距離で」

「俺もそう思う。護身に役立つ小道具をこちらで用意するとしよう」


 讃え合い喜び合うフェレたちから少し離れた場所で、近接戦闘のプロ「ゴルガーンの一族」であるリリとオーランが、内心の驚きを隠しつつ声を低めてささやきをかわす。彼らはマルヤムのこの術が、震撼すべき強力な殺人兵器になりうることを直感していたのだ……そんなことをフェレやファリドが望んでいないとしても。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 カルタゴ軍が国境を越えて以降、すでに四日。対峙するテーベ軍はまったく戦うことなくじりじりと後退を続けている。もう背後には、西部の要衝オアシスであるミスラタの街が迫っているが、未だ両軍の間には一矢の攻防も交わされていないのだ。


 前日にこの季節特有の砂嵐が吹き荒れたため前進は止まっているが、それでも国境から三十キロ余りも領域を削り取られたテーベ側には、焦りがのぞく。


「ファリド、どこまで後退したらいいのだ。このままでは戦わずして俺は敗軍の将になってしまうぞ!」


「殿下、落ち着きなされ。我が『軍師』の献策を信じましょうぞ、必ず勝てまする」


「う、うむ……わかった、急かした俺が悪かった。ファリドの立てた戦術に横槍を入れるつもりはないから、安心してくれ」


 思わず漏らした狼狽を老軍師ラージフに諫められ、慌てた様子で詫びる第二皇子ムザッハル。ファリドを「友」と認めた後は、実質的な虜囚である彼に対してもきちんと客将としての扱いをし、職権を侵したことに対しては素直に詫びる……粗暴で直情的ではあるが、基本は正直で人情にあふれる若者なのだ。


「大丈夫だ、ムザッハル。砂嵐の起こるのをずっと待っていたんだ……もう後退はしない」

「……うん、もう戦う準備はできてる」


 力強く断言するファリドとフェレに、皇子はその野性的な顔を輝かせる。好戦的な彼にとって、この数日敵を前にして喰らう「おあずけ」は、なかなかにきついものだったのだ。


「そうか! ようやく、戦えるのだな!」


「ああ、待たせたが、今日は存分に戦ってくれ。戦象部隊はフェレが引き受けるから、後の部隊はムザッハル、よろしく頼むぞ」


「お、おう。任せろ!」


 最初はおっかなびっくりだった皇子への「タメ口」にもようやく慣れてきたファリドである。友と認めれば身分に関係なく無駄な儀礼を取り払い、いち客将でしかない彼の「砂嵐が吹くまで交戦せずひたすら後退せよ」という不可思議な進言さえ疑問を挟むことなく受け入れたムザッハルの器量を、彼は見直している。


 ムザッハルはあの日、指揮官として出陣せよとの皇帝御意を受諾すること、但しその条件として客分たるファリドを「軍師」とし「女神」とともに従軍を求めることを宣言した。かつて自らをみじめな大敗に追い込んだ二人に対し、全面的な信頼を与えたのである。


 そんなこんなで、たった今ファリドはフェレと並び立ち、テーベ軍の中心で実質的な指揮をとっているのだ。テーベ軍は三万……但し彼らが恃みとしていた最精鋭のラクダ部隊はモスルでの戦いで多数失われ、動員できたのは八千騎。残る二万二千は歩兵と軽騎馬兵の混成である。対するカルタゴ軍も斥候の報告ではおよそ三万と同数ながら、中央に二千騎の戦象部隊を配している。二千の戦象は二万の大軍に勝るという……戦力的には、テーベの劣勢は拭い難い。そんな中でも、ファリドとフェレは通常運転だ。


「大丈夫だ、落ち着いてやればできる」

「……うん、リドができるというなら、私は……できる」


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