第157話 決着
「バカ者めらが! これを見よ!」
ヒステリックな声のする方を見れば、陰惨な雰囲気を漂わせる容貌の男が、初老の男性を背後から羽交い締めにしている。そして二十代後半と思しき神経質そうな風貌の男が、自由を失った男性の横腹に、剣を突きつけている。こちらが、第二王子キルスであるらしい。
「父上っ!」
アミールが叫び声を上げる。拘束されている人物が、どうやら国王であるようだ。こうなることを恐れてファリドが「生きて囚われているかも知れない貴人」国王を探させていたのだが……ここは第二王子側の方に先手を取られてしまったようである。
「父上が崩御されたという布告は、やはり虚偽だったというわけだ。キルス兄……なぜこのような、国を乱す暴挙を」
「国を乱しているのはカイヴァーンとお前だ、アミール! この国を統べるのは、純血のイスファハン人であるべきなのだ。卑しき部族民の血が混じったお前たちに王位継承権が与えられること自体が、間違っているのだ!」
キルスの主張は、まさに手前勝手なものだ。だが高位貴族たちの間では、その考え方に賛同する者が多数いることも、また事実である。その支持こそが、彼を暴挙に駆り立てたものであるのだが。
「そのような底の浅い言い分で、父たる王を捕らえ、兄を弑する悪行を正当化できると思っているのか」
「ふっふっふ……正当化ですと? 勝った方が正義なのですよ。若く経験が足りぬ第三王子殿下には、お判りになりませぬかな。ここまでたどり着かれたのは大したものですが、殿下に勝ち目はございませぬ。ここは素直に、我々に従って頂くほうが……」
飽食と運動不足に弛んだ貌を歪ませて、王子同士の論戦に割り込む慇懃無礼な老貴族。おそらくこれが、キルスの外祖父たるバンプール伯ザールなのだろう。だが、この男は王宮外の戦況をまったく把握していないらしい。ファリドが、ゆっくりと口を開く。
「なるほど『勝った方が正義』ですか。それは正しいでしょう……では、我々が正義ということになりますね。陽が昇り切るまでに王都は、アミール殿下のものになっているでしょうから」
「な、何を……王都の城壁は二万や三万の兵で押したとで破れるものではない、下手なはったりは、いい加減にせよ!」
「ええ、押しても破れないのはその通り。ですが、内側から城門を開けるのは、実に簡単でしたがね?」
「そんなことが出来るはずは……」
「出来るからこそ、たった今我々が、こんな王宮の奥に現れているわけなんですが」
このように辛辣で意地の悪いやりとりは、お人好しアミールが最も苦手とするところである。他に口達者な者がいないこのメンバーでは、ファリドが引き受けるしかあるまい。
「む……もしやお前が、噂の『軍師』か……」
「まあ、そう呼ぶ人もいますね」
意識して大物っぽく振舞うファリド。彼自身が最も嫌う行いではあるが、この場面では必要なことである。威圧されたら負けなのだ。
「本当に、アミール殿下の軍勢が、城内に溢れているというのか?」
「必要なら、お確かめになればよろしいでしょう」
「くっ……」
静かな自信を溢れさせるファリドとアミールの姿に、老貴族は負けを悟って視線を落とした。だが若いキルスにはそこまでの洞察力がなかったようだ。父たる国王に突き付けた剣に力を込め、国王は弱々しく呻きを上げる。
「やめろ、キルス兄!」
「俺に指図できる立場ではなかろう、アミール! 局所的な戦でいくら小さな勝ちを収めようが、王の身柄はこちらのものなのだ。お人好しのお前は、父を見殺しにすることなどできまい。さあ、父の生命を救いたくば、武器を捨てて許しを乞え!」
兄からも「お人好し」の烙印を押されたアミールが、申し訳なさげにファリドを見る。このまま放っておけば、王宮の外での戦闘で一方的な勝利を収めていようがなんだろうが、間違いなくアミールはこの愚かな兄に、白旗を上げてしまうだろう。ファリドは小さくため息をつくと、フェレに目配せを送った。
自分が剣を突き付けている相手が床の絨毯にくずおれるのを感じ、驚いたキルスは横を見た。父である国王は、屈強な刑吏にがっちりと後方から羽交い絞めに固められていたはずなのだが……その刑吏は今、国王と一緒に倒れ込んで、白目をむいている。
横たわる国王に慌てて剣を再度向けようとした彼は、その手が硬直し自分の意志で動かないことに気づいて混乱する。それが肩に刺さった細針によってもたらされたものであることをようやく悟った時には、すでにアミールの兵がキルスを拘束した後だった。他の護衛はオーラン達の手にかかり、宰相ザールもなすすべなく捕らえられた。
「うん、よくやったフェレ……辛い役目を押し付けてすまない。アフシン殿も……相変わらず完璧だな」
そう、国王を拘束していた刑吏を倒したのは、フェレの「真空」。この業を磨き続けている彼女は、すでに「真空」を展開する大きさを完全に制御できるようになっている。刑吏が王を抱え込んでいても、刑吏の頭部まわりだけ空気を薄くして、人質たる国王に悪影響を与えず倒すことができるところまで魔術を洗練させているのだ。刑吏自身は酸欠で脳障害を起こすのは自業自得、知ったことかと思うファリドだが、そんな悪者相手であっても、人を傷付けたことに心を痛めるのが、フェレなのだ。
そして、キルスの自由を奪ったのは、アフシンの吹き針。標的が見えてさえいれば、神経のツボに正確に針を送り込みその動きをとめることなど、魔族の暗殺者である彼にとっては、朝飯前である。
「……大丈夫。リドがやれと言うことには全部意味がある。私は……その通りにするだけ」
安定の仏頂面で、ある意味怖い台詞を吐くフェレであった。
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