第156話 王都突入
軍議の三日後、王都攻略作戦は開始された。とは言っても、もともと王都は第二軍団の攻囲下にある。守備側から見れば、何らこれまでと変わらぬ風景である。
「ふぁ〜あ、今晩も何事もなし、で済みそうだなあ」
「まあ、とりあえず今日は、な」
星灯りも乏しい曇り空が白み始めた頃、王都に五つある城門のうち最も大きい東門を守備する兵士達が、大きくあくびをした。王都が包囲された当初はピリピリと気を張っていたものの、膠着が長くなればなるほど、緊張感も薄くなろうというものである。
「この睨み合い、いつまで続くんですかねえ」
「上の言うことには、もうすぐ副都から無傷の第三軍団が増援に駆けつけてくれるってよ。そうなったら俺らも出撃して、いやらしく包囲するだけのあいつらを挟撃してやれるんだ、待ち遠しいな」
「そうっすね、早く片付けて……」
彼らが軽口を叩いたその瞬間、どこからか風切り音が聞こえた。それも、無数に。兵士達が次に意識できたのは、自分の喉や胸に深々と突き刺さる複数の矢と、声すら上げられず地に向かい倒れるだけの、己の身体。
そして、わずかに明かりの差し始めた路地から、次々と武装した兵士が湧き出てくる。彼らは詰所で仮眠している予備兵達を音もなく刺殺し、城門の内側を確保すると、重厚な城門を唯一動かしうる巻き上げ機を、四人がかりで回す。ギギっというきしみ音を立てつつ、重い扉が開く。兵の一人が篝火から薪を一本取って、城門の外で大きく振って見せる。
「よし、合図だ! 皆の者、突っ込め!」
場外でじりじりしながら待機していた部族軍の長シャープールが右手に持ったシャムシールを振り下ろすと、一万の騎兵が一気に駆けた。引き絞られた弓から放たれた矢のような勢いのまま彼らは城門をくぐり、あれよあれよと言う間に王都の東、三割ほどを制圧した。そこには王都を守る第一軍団の兵営があったはずだが……堅固な城壁に安心して眠りこけていた彼らは、圧倒的な兵力と士気で襲い掛かる部族軍に、文字どおり揉み潰されたのだ。
そして、王都の西でも、同じような光景が現出していた。但し、そこでの主役は、バフマン率いる第二軍団正規兵であったが。東門と同じく一万の兵が王都に躍り込み、公的施設を制圧し、市民公園に仮本陣を築いて体勢を整えると、じわじわと街の中心にむけ進軍する。抵抗は散発的で、広がる間もなく鎮圧されていく。
……二時間後、シャープールとバフマンは、王都の象徴でもある中央噴水広場で、固く握手を交わした。味方の被害はほとんどなく、第一軍団側は三千ほどが討ち取られ、それに倍する人数が捕虜となった。あとは、王宮にこもるキルス王子派の幹部たちと、近衛の千騎ほどを、片付けるだけだ。そこには、彼らの盟主が向かっているはずである。
「さあ、もう一仕事するぞ」
「うむ、時間がかかると寡兵の殿下は不利になる、一気に踏み込むぞ!」
部族軍も正規軍も、等しく雄叫びを上げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
時は、東門の守衛が倒されたタイミングの、少しだけ後。
アミールは、信じられない光景を眼にしていた。鳥類でもなければ一生見ることができぬ、はるか上空から見下ろす、王都の風景を。
兵営や城門で赤々と焚かれる篝火の灯りが、まるで星のようにゆらめく。そして目指す王宮には灯りが絶えることなく、回廊や尖塔がぼんやりとその輪郭を、闇に浮かべている。
「こ、これは……すばらしい、すばらしいよファリド兄さん!」
「ああ、凄い。だがアミール、見惚れている暇はないぞ。これから大仕事が待っている」
「わかってるさ……ここまで兄さんとフェレ姉さんがお膳立てしてくれたんだ。絶対に成功させる」
秀麗な面貌をきりっと引き締め、緊張からか少し下唇を噛むアミールの緑色した瞳に、白み始めた地平線の光が反射して、柔らかく輝く。
彼らは、王都の上空を、王宮に向かって飛んでいる。もちろんアミールもファリドも、その体重を支えられるような翼を持ってはいない。彼らはただ、その場に立っているだけである。なにやら半透明な、柔らかい膜のようなものの上に。
「侵入するべき場所はどこだ?」
「う~ん、空からだと勝手がわからない……あ、あそこだ、あのバルコニーになら数十人が降りられるはずだ!」
その言葉に反応するように、アミールと百名の精鋭を乗せた不思議な膜は、王宮のバルコニー……大理石の広々としたバルコニーに、ゆっくりと着地した。初めての空の旅に怖気づかないまでも極度に緊張していた兵士達から、ほっとしたようなため息が漏れたのは、無理のないことであろう。
「よし、アミール殿下含め二十名は、第二王子を捕らえるぞ。残りは王宮を制圧しつつ、貴人を探せ」
ファリドの命令に微妙なニュアンスがこもるが、あらかじめ打ち合わせていたことである、素早く兵が散っていく。
王宮の入口にはもちろん重厚な警備が敷かれているが、空から敵が襲来することなど、想定してはいない。城門の騒ぎもまだ王宮には伝わってきておらず、どこかで虫の鳴く声ばかりが聞こえる。回廊には常夜灯が焚かれているが、ほとんどが無人である。定時で警邏する兵も一人か二人……あっさりとそれを、ファリド達が排除する。
侵入者を迷わせるため、回廊が複雑に入り組んで造られているが、もとよりここの住人であったアミールは迷うことなく進んでゆく。そして一枚の扉にたどり着く……おそらくキルス王子の寝室だ。彼がうなずくと、部下の一人がそれを蹴り開ける。
次の瞬間、胸の前に細身の剣を構えた若い女が二人、アミールに向かって全力で突進してきた……二人は護衛騎士であるらしい。鎧も着けず主の寝室に侍っているということは、別の役割もあるのであろうが。
そんなくだらないことを考えられるほどに、ファリド達には十分余裕があった。彼らの側面からオーランとリリが飛び出し、ひたすら突進することしか考えていないこの哀れな女騎士たちの首筋に、鋭い暗器を打ち込んだ。
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