第155話 軍議

「よし、王都を落とすぞ。それも、可能な限り早く」


 ファリドの復帰を受けて開かれた軍議の冒頭、いきなり彼は王都を攻略すると宣言した。高く堅固な石の城壁に囲まれ、討ち減らされてもなお一万強の兵が健在であるところの、王都カラジュを。


 戦略的には、もはやためらう理由がない。アミールが敬意を払ってその到着を待っていた王太子カイヴァーンは、すでに亡い。そしてカイヴァーンの自筆にて王太子の座をアミールに譲る旨の書があるのだ。かくなる上は可及的速やかに王都を攻め落とし、王を僭称する第二王子キルスを倒してアミールを即位させるしかない。


「うん、もう僕も覚悟を決めるよ。国王なんかなるつもりはなかったけれど、民の平安を考えたら、あのキルス兄を王位につけるわけにはいかない。彼を倒して、カイ兄の遺志を、僕が継ぐつもりだ」


 権力から遠ざかろうとしてきたアミールが、初めて示した王位への意欲。それを聞いた首脳陣が、大きくうなずいた。これこそ彼らが、待っていた言葉なのだから。


「敵の残党は一万ちょっと、わが軍は五万。野戦でぶつかれば必ず勝てる兵力差があるが、敵は不落と言われたカラジュの城壁を擁している。無理押しすれば損害は万ではきかないだろう、できるだけ損害を少なく勝ち、テーベの侵攻に備える策を出して欲しい」


 アミールの要望に応え、まずは主将であるバフマンが口を開く。


「本来であれば、攻城兵器を多数保有する第三軍団を呼び寄せ、圧倒的な兵力と兵器の差で押しつぶすと言いたいところですが、『軍師』の情報によればテーベの侵攻はほぼ確実との由。第三軍団を副都から動かすわけにはいきませんな」


 そう、ファリドも第三軍団主力は副都に駐留を続けるよう、司令官ミラードに要請している。もちろん二千程度の遊軍を編成し、副都と王都の間で秩序なき略奪や暴行を働いている第一軍団の残党を討伐することくらいは、叩き上げで戦術眼に優れるあの元上官に、期待しても良いだろうが……街道が平定され王都へ攻城兵器を持ち込めるまでには、何週間かかるかわかったものではない。当てにすべきではないだろう。


「好みの戦術ではないが、兵の損失を最小限にしたいならば、王都に流入する一切の物資を止めてしまえばよい。ふた月もあれば兵も民も飢えて、城壁の中から崩壊するだろう。だが『軍師』が求める短期決戦という条件には適わないだろうな」


 部族軍を束ねるシャープールが、あえて常識的な戦術を提示する。


「うん、シャープール殿の言う通り、物資を止めてしまうことが一番楽に勝てる方法だろうな。だが、卿が自ら指摘した通り時間がかかる。そして……これは私のわがままだが、王都十万の民を飢えさせることになる作戦は、出来れば採りたくないな」


 穏やかに語るアミール。彼とて兵糧攻めが一番損失を少なく勝てる道だというのはわかっている。だが生来である人の好さが、そこに民を巻き込むことをためらわせてしまうのだ。第二軍団が王都を囲んで以来、軍需物資の流入は止めているが、アミールの指示で民間の流通は制限していない。結果として、王都の兵は今もなお腹一杯に食って士気も高く……効果が上がっているとは言い難い。


「そうなると『軍師』の奇策に期待したくなるところですが?」


 バフマンの言葉に合わせ、幹部連中が一斉にファリドを見る。過剰な期待にため息も出ようというものだが、ここは進めるしかない。


「アミール殿下の指摘された通り、敵が有する最大の武器は、王都の堅固な城壁。逆に言うと、城門さえ突破してしまえば、あとは圧倒的兵力差で蹂躙できるということ」


 普段はアミールを呼び捨てにしてはばからないファリドだが、彼を王位に就けると申し合わせた後だ、さすがに言葉遣いにも配慮する。


「その城門を突破することこそが、一番の問題であろう。あれは極太の丸太を鉄で二重に補強して組み上げたもの、一旦閉められてしまえば、内側から引綱を巻き上げねば決して開くものではない。ぶち壊すには破城槌がいくつ必要になるか……といっても、我が軍団は一つたりとも攻城兵器を保有していないのだが」


 もちろん、そう反論されることも、ファリドにとっては織り込み済みだ。


「そう、壊すことはできないし、外から開ける手段はない。では、城門の中から、開ければよいのでは?」


「はあっ?」「どういうことだ?」


 幹部たちから疑問の声が上がる。だがアミールには、この義兄に対する固い信頼がある。不思議そうな顔をしながらも、穏やかな声で疑問を質していく。


「ファリド兄さん、僕は兄さんを信じているけど、もう少しかみ砕いて説明してくれないと、みんなは理解できないよ。内側から開けるって、どうやるんだい? そりゃ城内に内通者が十人やそこらならいるけれど、そんな人数で城門の警備兵を片付けることなんかできないよね?」


「そう、十人やそこらでは無理、確かにそうです。では、五百の兵を城内に送り込めればどうでしょう?」


「『軍師』の言うように五百名が入り込めれば、城門の警備を排除することはたやすい。内側から門を開けることもできるだろう。だがどうやって送り込むのだ? 伝説にある聖都攻防戦のように、地下隧道でも掘ろうというのか? それこそ幾月かかるかわからぬぞ」


 バフマンの声に、若干いら立ちのニュアンスがこもる。五百の兵を抵抗も受けずに城壁の向こうに送り込むなど、できようはずもない。この若者はこれまで驚くほど鋭い戦術を立案してきたが、さすがに今回のそれは空想上のものと言うしかないのではと、その眼が語っている。


「いえ、何の準備もいりません。『女神』の奇蹟を使うならば、ね」


 ファリドが、きっぱりと言い切った。


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