第154話 合流
ファリドは自らの王都攻略策をほとんど明かさなかった。だが結果として軍議は彼の提案を是として解散したのだ。やはり、第二軍団の「軍師」として連戦連勝し、ほとんど無血で第三軍団の内訌を静めたという動かぬ実績が、ものを言ったようだ。
実質的な指揮権をミラードに委譲し、一歩引いた立場で参加していた老将軍イマーンも、ファリドの提案が受け入れられたことにほっとしていた。もめるようであれば「総帥」の威光で介入せねばならなかったところだが、一旦第一線から引いたら、度々の口出しはすべきではないのだから。
ミラードもファリドの案を基本的に支持しつつ、王都転進派の意見も公平に聞き、その上で遺恨を残さず軍議をまとめた。まるで息子のように思っていた男だがなかなかの器だと、将軍は満足そうに美髯を撫でる。
連隊長らが退出し、イマーンとミラード、ファリドに……オブザーバーとして部屋の隅で黙然と軍議を聴いていたメフランギスだけが議場に残った時、ミラードが初めて口を開いた。
「なあ、『軍師』よ。俺たちになら教えてくれるんでだろう? 王都城壁を越える『策』って言うのは、何なんだ?」
「ああ、簡単なことです。フェレの新しく習得した魔術を使って……」
話していくに従い、男たちの眼がまずは呆れに、続いて驚きによって見開かれた。メフランギスだけが、口元に笑みを浮かべていたのであったが。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「どうだフェレ、新魔法の完成度は」
その日、フェレの帰りは遅かった。どうも一日「練習」に打ち込んでいたらしく、さすがに疲れた表情だ。軽い食事の後、リリが作る甘いチャイをゆっくりすすりながら、ファリドが切り出す。
「……だんだん力の使い方が、わかってきたと思う。だけどリドが求める強さには、まだ足りない」
「フェレ様の魔術には驚くばかりですが……ファリド様の要求は、厳しすぎるのではありませんか? フェレ様がお可哀そうです」
フェレのカップにお代わりを注ぎつつ、「練習」に付き合っていたリリが少し非難がましい眼をファリドに向ける。最近、こういうシーンが増えている。
「うん、難しい魔術だってことは俺も分かっている。だけどフェレなら大丈夫、フェレならできる」
「……うん。リドができるというなら……私は、できる」
ファリドの励ましも、フェレの反応もいつもとまったく変わらず……ある意味、安定の二人である。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その七日後。地元の猟師か冒険者くらいしか使わぬ疎林の獣道をひたすら急ぎ、ファリドとフェレは再びアミール率いる第二軍団に合流した。もちろん、彼らを主人と定めているリリとオーラン、そして魔族アフシンも一緒である。
「待ってたよ、ファリド兄さん!」
馬から下りた義兄にいきなり飛びついて、ぎゅうぎゅうとハグを仕掛けるアミールだが、その大げさな感情表現に驚く第二軍団幹部はいない。この若き盟主が、頼れる「軍師」の到着を一日千秋の想いで待ち焦がれていたことは、皆等しく知っていることなのだ。
それも、仕方のないことだろう。辺境ザーヘダーン砦を出て以来、圧倒的不利を覆して収めた数々の勝利は、すべてファリドの知恵と、フェレの魔術によってもたらされたものだ。盟主たるアミールは、実のところ頼れる義兄の献策を鷹揚に承認していただけで、自ら重大事を決断したことは、一度もない。ファリドのいないこの数週間、いくら王都を囲んでいるだけと言っても、相談相手のいないお人好しの彼に対し次々と決断を求める麾下の者たちの声に、すっかり弱り切っていたのである。
「済まない、アミール。第三軍団はほぼ無傷で取り戻したが……カイヴァーン殿下は、救えなかった」
再会を喜ぶより先に、果たせなかった目的を詫びるファリド。アミールがどれだけ兄王太子を敬愛していたのか、十分知っている彼である。アミールは一瞬視線を伏せたが、すぐに真っすぐな眼をファリドに向けて、口角を上げた。
「うん、とても残念……残念だけど、ファリド兄さんは最高の仕事をしてくれたと思っているよ。『ゴルガーンの一族』からカイ兄の最期もつぶさに聞いた……あの状況でカイ兄の手紙がもらえたなんて、奇跡的だよ。何より……ギース姉さんが生きていてくれるのが嬉しい、本当にありがとう」
アミールがギースと愛称で呼んだその王太子妃メフランギスは今、一個中隊の精鋭に守られて実家であるモスルへ向かっている。テーベの野心を伝え、来たる侵攻時に共同作戦を求めるためである。モスルにとっても他人事ではないはずだ……イスファハン抜き難しと見れば、テーベの鋭鋒が彼らの国に向きを転じることを想定するのは、至極当然のことであるのだから。
「いや、メフランギス妃のあれは、フェレの力だから……」
「フェレ姉さんに言ったら『私に功があるなら、それはリドの功績』って言うと思うけどな」
さらっとアミールが言い放ったからかいは、まさに先日フェレが口にした台詞だ。思わず赤面するファリドだが、当のフェレはその無表情をぴくりと動かさず「それが当然」という顔で、小さくうなずいている。
「いやはや、安定の熱愛ぶり、感服するよね」
アミールのため息に、一斉に笑い声が上がる。やられっぱなしの「軍師」は、まんざらでもない表情で、頭を掻くのだった。
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