第153話 その後のリリは
その日以降、リリはフェレにいつもの特訓を求めなくなった。身体強化でもたらされる超高速攻撃をひたすら受け続ける、無茶苦茶な敏捷性特化訓練を。
「私、女になるのは戦えなくなることだって思ってました。でも、やっとわかったんです。女だからできる戦いもあるんだってこと」
もちろんその「女の戦い」で失ったものも大きかったのだが、自らの拠って立つべき場所を見出したリリの表情は、明るい。
「なのでこれからは、一生懸命女を磨いて参りますわ。もちろん、ご主人たるフェレ様をお磨きすることも、これまで以上に精進致します」
いずれにしろここ数ケ月、リリを悩ませていた鬱屈が解消されたらしいことに、一番安堵しているのは、フェレであるようだった。寝物語に、フェレがささやく。
「……あの『裏表彰』は、リドが仕掛けたんだよね」
「ああ、ちょっとわざとらしかったか?」
「……少しだけ。リリだって変だなって思ってるはず。でも、それは問題じゃないんだ。直接戦闘しないで地味な諜報工作だけに打ち込んでも、将軍や王太子妃がきちんと重く見てくれてるってことが、肌でわかったからあんなに嬉しそうなんだ……ありがと、リド」
そう言って、ちゅっとついばむような口づけをくれるフェレ。その仕草の愛おしさについついファリドが激しく応え、大人のあれこれになだれこんでしまうことは、やむを得ない仕儀であろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝にリリの「いたしましたね」的なジト眼の視線に耐え、司令部に向かうファリド。早速、今後第三軍団がどう動くのか、首脳陣で協議が始まるのだ。フェレはそんなものに関心はなく、新魔法の練習に向かっている……もちろんリリを連れて。
「なんか俺、微妙にリリから嫌われてる気がするんだがなあ」
「そんなことはありません」
ぼやくファリドに、どこからかすぅっと影のように現れたオーランがフォローを入れる。
「リリは軍師殿に深く感謝しています。手柄を立てる機会を与えてくれたこと、戦闘能力が落ちたとて役に立てることを教えてくれたこと、そしてその功をあのような形で賞されるよう計らって頂いたこと……すべて軍師によるものだと理解しているのです」
やはりリリにも小細工がバレてしまっていたかと、小さくため息をつくファリド。まあ、彼女のもやもやが晴れてくれれば、どうでも良い。だがそれがわかっているなら少しはデレてくれてもいいじゃないか、というのがファリドのつぶやきである。
「ですが、何しろ妹はフェレ様のことが好き過ぎて……フェレ様の愛を独占している軍師殿が面白くないのですよ、そういうところがまだ子供なので、許して頂けると」
双子のはずなのにやけに老成した物言いをするオーランが、また風景に溶けていった。ファリドはまた大きく息を吐くと、会議室に向かって歩いて行くのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「最新情報が入った。テーベの軍は一旦進発して国境に集結したが、昨日引き返したそうだ」
会議冒頭にミラードが口にした情報に、幹部たちは皆、安堵のため息を漏らす。内戦も集結していない今、軍事強国の帝国と事を構えるのはあまりに厳しいというのが、経験豊かな連隊長たちの共通認識である。
「しかし、何故引き返したのであろうかな?」
「おそらく戦力不足を承知の、火事場泥棒狙いだったのでしょう。王都の内戦収まらず、西の国境を守る第三軍団が分裂している状況であれば、それほど多くない兵力でも漁夫の利が狙えると。しかし彼らの予想より早く、第三軍団が再統一されてしまった。正面激突して勝てると確信できる兵力を持っていなかったので仕方なく一旦戻った、というところでは」
「軍師の言いようは、また戻ってくるという風に聞こえるのだが?」
「ええ、戻ってくるでしょう。早ければ一ケ月、遅くても三ケ月かそこらで、十分な兵力と補給をもった軍が攻めてくる可能性が高いと考えて備えるべきでしょう」
ファリドは淡々と答える。テーベの外征は、もう民族の遺伝子に染みついているのではないかというくらい、彼らの行動パターンの第一義となっている。手ひどく負けても、豊かな大河の生産力で国力が回復すれば、またふつふつと戦争がしたくなるのだ。今回は準備期間が短すぎて大軍が送れなかったと見るべきだが、テーベの飽くなき外征意欲と国力は、またぞろ復活したと考えるファリドである。
「すると、我々第三軍団とアミール殿下率いる第二軍団は、どう動くべきであろうか?」
「まずは、疾く国土を再統一し内戦を終わらせることが第一です。本来であれば最低限の兵力を残してアミール殿下と合流し、圧倒的勢力で王都を開城至らしめるのが得策でしょうが、今の状況ではテーベに対する備えは外せません」
「ならば『軍師』はどうすべきと?」
「フェレを含む少数の特殊能力を持つ精鋭のみ王都に向かい、第三軍団主力は副都を動かずテーベの侵攻に備えるのです。そして王都をアミール殿下の手で速やかに陥落させ、できうる限り早く、その兵力を西方防衛に振り向ける、これしかありません」
自信を持って言い切るファリドに、首をかしげる連隊長も多い。ほとんどが上級貴族であった先日までの連隊長をほぼ全部更迭したため、新しい連隊長はたたき上げの平民や、下級貴族が多い。彼らの豊富な経験に基づけば、高い城壁に守られた王都をアミールの指揮下にある第二軍団だけで「速やかに陥落」などという真似が、出来るわけはないのだ。
「しかし、あの城壁をどうやって……」
「策はあります。『女神』……フェレの力をもってすれば、城壁など簡単に越えられます」
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