第152話 一番の功績は
一同の口がワインで湿って、腹の具合も落ち着いた頃、メフランギスとイマーンが現れ、非公式の表彰が始まった。
「まずは『ゴルガーンの一族』の働きを賞さねばならぬな。今回クーシャーの悪行をあれだけ速やかに兵達に広められたのは、普段は市井に隠れて暮らす彼らあってのことだ。ご苦労であった」
代表として招かれた酒場の主が、イマーンに賞され握手を交わす。表の仕事はリリが給仕を務めていた酒場の親父であるのだが、その実相は王家に雇われた隠密団のリーダーであった。第二王子キルスが闇の者を信頼しない以上、彼らがアミールの意を受けたファリドらに与することになるのは、当然の流れである。
彼個人への表彰でないゆえ、下賜される品はない。だが諜報に関わった十数人の「ゴルガーンの一族」には、故郷の村への仕送りがぐっと増やせるくらいの金貨が別途与えられるのだ。
「これで今年の冬も越せる」
酒場の主人はご満悦である。潜入している者は皆、耕作などできぬ岩と砂ばかりの村に残っている老親や子が飢えぬように、一人寂しい出稼ぎに耐えているのだから。
「第三の功はフェレちゃんね。相変わらず規格外の魔術を繰り出してくれたわ。フェレちゃんがいなかったら、こんなに早く指揮権を取り戻すことは出来なかった」
メフランギスがふんわりと微笑んでフェレを賞する。仏頂面がデフォルトのフェレも、今度ばかりは相好を崩し、頬を桜色に染めている。そう、彼女はファリドに出会うまでのずっと長い間、満たされない承認欲求に耐えてきたのだ。褒められ慣れていないだけで、褒められればちゃんと尻尾は振るのである。
「きちんとした副賞は出ないけど……これを。フェレちゃんに似合うと思って」
そう言ってメフランギスが差し出すのは、ラピスラズリの大きなトップがついた魔銀のネックレス。おそらく功に見合う女性向けの賞品などないことを知り、自身が秘蔵していたものを惜しげもなく出してきたのだろう。
「……こんな高価なものは……それにこれは」
王太子に贈られたものでは……と口にしかけて、言葉を飲み込んでしまうフェレ。表面上立ち直ったとはいえど、殉死までやらかしかけたメフランギスの傷口を、わざわざえぐることはない。
「うん、大丈夫だから、受け取って? ほら、私が着けてあげる」
そんなフェレの逡巡などお構いなく、まるで姉が妹を慈しむような視線を向けて、メフランギスが自然な所作で素早くネックレスを首に回す。後はモゴモゴいうだけのフェレである。
「フェレ様、お似合いです!」
「そうね、ピアスとお揃いで、いい感じね」
女性陣の賞賛に眼を伏せ頬を染めるフェレだが、何やら言いたいことをこらえている様子だ。やがて意を決したように顔を上げ、ファリドに向き直る。
「……あの、リド、どう……かな……」
「似合ってる、フェレの瞳みたいで、綺麗だ」
照れながら返した褒め言葉に、フェレの顔がボンと一瞬で真っ赤に染まる。自分で仕掛けたくせにこの反応は何なんだと思わぬでもないファリドではあるが、それも自分の言葉ゆえの過剰反応と思えば、一途なこの娘への愛しさが募る。思わずぐっとフェレの腰を引き寄せようとした時……
「ファリド様、お楽しみはお二人きりの時にお願いしますね」
リリの突っ込みに周囲が笑いで満ち、赤面するファリドである。どうもこの侍女は、フェレに甘いが、彼には手厳しい。
「不調法な妹で、申し訳ない……」
アミールに復命して王都からトンボ返りしてきた双子の兄オーランが、気の毒そうな視線を、ファリドに向けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
第二の功として紹介されたのは、「軍師」ファリドである。今回一連の指揮権奪還劇は、すべて彼の掌上にあったのだから、当然と言えば当然の評価だ。無論フェレの超絶魔術がその実現を大幅に早めたことに間違いはないが、彼が基本とした「上層部の背信行為を諜報戦術で一般兵に広め、離脱や不服従を誘発する」戦略をとれば、派手な魔術を用いずともいずれクーシャー勢力は瓦解しただろう。
正規軍から褒賞などもらうこと自体嬉しくもないファリドであるが、この場は大人しく、恭しく感謝する振りをしておく。フェレと違って副賞も何ももらえないが、そんなことはどうでもいい彼である。どうせ秘蔵の名剣など貰っても使い道はない、彼はシャムシールの曲線がお気に入りなのだ。
そして最後に、最高の功を得たとされる者が顕彰される時が来た。
「第一の功は、『ゴルガーンの一族』に連なる者、リリ殿」
イマーンの声が響いた瞬間、名を呼ばれたはずのリリは、驚きに眼を見開いて立ち尽くしていた。彼女は、フェレの付き人としてこの会についてきたはずであった。兄のオーランがいつもと違って堂々姿を現していることに若干の違和感を感じつつも、特に疑問も持たずせっせと主人たるフェレと、おまけのファリドに向けて、せっせと世話を焼いていたのだ。
「第一の、功?」
「ここは連隊長以上しか居らぬ故、明らかにしよう。この可憐な娘さんは、市井に溶け込み酒場に集いし軍人達を鋭く観察し、あのダーラーなる若手将校を見出した上、説得し味方につけ、最後の戦いで寝返らせたのだ。リリ殿が居らねば、第三軍団同士、凄惨な同士討ちは必至であった。誠に、よくやってくれた」
「しかし……私たちは闇の者で……」
「そのようなことは、功の大小には関係ない。もちろん、お嬢さんの働きに対する賞賛を広く伝えるわけにはいかぬが、我々は深く感謝しておる」
「あ……ありがとうございますっ!」
いぶかし気だったリリの表情が、喜びのそれに変わっていく。青白かった頬に血色が差し、やがて紅潮する。しばらく嬉しさをかみしめているような風情のリリであったが、ふとその顔に不安の色を浮かべる。
「ですが……どうか、ダーラー様には……」
「もちろんだ、前途ある彼の、名誉の為にもな。若い娘さんには辛い役目だったとは思うが、すまなかった」
リリの眼から、透明な雫が流れ落ちる。それが日陰の仕事を評価された喜びの涙なのか、引っ掛けるつもりがうっかり惚れてしまった男と二度と会えない切なさの涙なのかは、誰にもわからない。フェレが静かに歩み寄って、リリの背中を抱いた。
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