第139話 包囲兵
砦を囲んでいた五千の兵は、新たにファリド達を追って来た二千を加え、七千となっていた。指揮官同士が、不機嫌そうな表情を浮かべつつ会話を交わす。
「貴殿らは結局、知らず獲物を追い越してしまったわけか。挙げ句の果てに後続の補給部隊を壊滅させられるとは、先を焦りすぎた余りの、後方不注意だったのではないか?」
「輜重隊を失ったのは不覚であった。だが、奴らをミラードの部隊に合流させないことが作戦の目的、追撃を急いだからこそ現時点それが果たされているのだ。この兵力で包囲して居れば、外からも内からも突破されることはなかろう」
やや言い訳じみた追手部隊指揮官の言い分も、間違ってはいない。五千の兵がいたと言っても、彼らは包囲の内側にある砦だけを気にしていたのだ。なんの情報もない状況で優れた魔術師を含む部隊が突っ込めば、入城を許してしまう可能性もあったのだが……今はもう囲みの外にも十分警戒の糸を張っている。油断さえせねば突破されることはない、いくら大魔術師でも、数千の兵を殺し尽くすことはできないであろうと。
「それにしても、奴らの動きは解せん。輜重部隊を襲った後は小麦粉だけを持ち去って、肉類や酒には眼もくれていない。おまけにカネにも武器にも手を付けないとは、どういうことなのかな?」
「長期の転戦を考えているのではないか。粉モノは持ち運びに軽く、長い間食いつないでゆけるからな」
「なるほど。奴らが時間をかけてくると、何かと面倒だな」
指揮官が面倒だと言ったのは、士気低下のことである。フェレたちの遭遇した部隊がバラまいた噂は、追撃部隊を経由して包囲していた部隊にも伝わっており……兵士達が上層部を見る眼に、時を経るごと疑惑の色が濃くなってきているのだ。
「将軍が姿を見せて兵士達に直接呼びかけると厄介だ、それだけは避けねばならんな」
「うむ。下級兵は将軍が監禁されていたことを知らぬからな……」
そう、敬愛される将軍が自ら軍団上層部の不忠ぶりを鳴らせば、少なからぬ兵士たちが矛をさかしまにしてこちらに襲い掛かってくるだろう。それはこの二人の指揮官にとって、悪夢でしかない。
「弓箭隊を分厚く待機させよう。将軍が余計な口を開く前に、矢の雨を降らせて、永久に黙って頂くしかないだろう」
薄笑いを浮かべる指揮官達。貴族階級の子弟である彼らにとっては、平民に手厚い将軍は、邪魔なだけの存在なのだ。
「あとは『女神』を偽称する魔女か……」
「聞くところによればかなりの使い手のようだが、数の力には勝てぬだろう。千人ほど出して周囲から一気に掛かれば、何ほどのこともない」
「うむ、それもそうだ」
そう結論を出すと、まるで事が片付いたかのように安心した表情で、二人は部下に命令を下すべく、それぞれの部隊に戻っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「第三軍団の諸君! 儂は諸君らの司令官である、イマーンである!」
とても老人とは思えぬ朗々とした声が、包囲軍の上から響く。見上げれば砦のすぐそばに小高い岩山……その崖にしゃんと背筋を伸ばして立つ老将軍がいる。なぜか若い女を二人引き連れているが、兵士達の関心はそこにない。
噂によれば現在軍を牛耳っているクーシャーに陥れられ実権を失い、軟禁されていたところを「女神」が救ったのだという。それは本当なのかと、イマーンの口から次に出るであろう言葉に、耳を澄ます。
「諸君らも口伝てで知っているであろう。儂はクーシャーに指揮権と自由を不当に奪われた」
噂通りの事実を伝える将軍の声に、兵士達が色めき立つ。
「あれは本当の話だったのか!」
「じゃあ、俺達は反乱軍ってことになるのかよ?」
「いやいや、俺らは上官の命令に従っていただけだぜ?」
「これからどうすりゃあいいんだ!」
しかし一番狼狽していたのは一般の兵士ではなく、それを指揮する者達であった。眼の前で自分達の反逆行為が、明らかにされようとしているのだから。
「ええい、警邏の兵は何をやっていたのだ! 奴に喋らせてはマズいとわかって居ったのに!」
「あの岩山にももちろん兵を出していたのだが……」
そう、彼らもサボっていたわけではなかった。くだんの岩山にも二十人ほどの兵を張り付けていたのだ。
しかし闇の力を極めたアフシンが本気を出せば、下級兵士の十数人くらいは軽く片付けることができる。そして、不本意ながらここでもフェレが「真空」を使い、警戒の声を出すことさえ許さず、敵を葬って……砦を見下ろす格好の崖が、あっさりとファリド達の手に落ちてしまったのであった。
かくして、老将軍は包囲軍に向かって演説を続ける。
「儂一人の話ならそれも良い。しかし、王太子カイヴァーン殿下を幽閉、拷問のあげく弑逆するに至っては、決して許すことは出来ぬ。諸君、今なすべきことは、砦に依りしミラード殿と力を合わせ、副都に秩序を取り戻すことだ!」
「王太子殿下を殺したって噂も、本当なのか?」
「いくら何でも、そこまでやるかなあ……」
「イマーン将軍はいい加減なことを言うお人方じゃねえ。俺は信じるぞ」
半信半疑の兵も多いが、将軍の声はますます力強く、見下ろす兵達に浸透していく。脛に傷ある高級将校達は、焦らざるを得ない。
「ええい、あれがイマーン将軍であるものか、姿は多少似ていても、ただの世迷言を抜かすじじいだ! 弓箭隊前へ出よ! 将軍を騙る偽物を成敗するのだ!」
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