第133話 前向きに
ファリドの指示で、一行は二手に分かれることになった。
王太子妃メフランギスを始めとする一隊はアミールの率いる第二軍団に合流……と提案したところで、その妃本人が予想もしていなかったことを言い出した。
「私は離反部隊と接触する方の隊を希望しますわ!」
「しかし……そちらは危険が大きい。妃にはぜひ無事にアミール殿下の元に帰参され、彼を支持すると表明して頂きたいのですが」
「そうおっしゃるのも無理ないことと思いますけど、『軍師』が予想されている事態が発生した場合、私がこちらにいた方が、何かと利用価値があるのでは?」
メフランギスの切り返しに、ファリドは一瞬返答に詰まる。確かに彼は一つの大きな懸念を抱いている。もしそれが現実となった場合に、彼女の存在は大きな意味があるのだ。
―――この妃、やはり深窓の姫って柄じゃない。閣僚や将軍が張れる頭脳と、度胸がある。しかしなあ……
ため息をつきつつ、ファリドはこのお転婆な妃の提案を受け入れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
結局、第二軍団の元に向かうのは「ゴルガーンの一族」の男が五名。オーランが指揮を執り、可及的速やかに亡き王太子の書状を届け副都の状況を報告するとともに、ファリドの進言をアミールに伝えるのだ。
第三軍団から離反した勢力に接触するべく残留するのはファリドとフェレ、メフランギスと侍女フーリ、そしてリリ、最後に魔族アフシン。
「儂が居らねば、主はハーレム状態になるところであったのう」
そんなアフシンの品のないからかいに、ファリドとしては無言で渋面をつくって見せるしかない。彼とてまわりを女で固めたい意志など毛ほどもなかったのだが、他に選択肢がなかったのだ。メフランギスが残留するからには世話をする女が必要だ。彼女の武芸や馬術は並みの冒険者をはるかにしのぐが、身の回りのあれこれを自分でした経験など、ついぞなかった雲の上の身分なのだから。
もっとも、侍女フーリもゴルガーンの一族だ、偵察も暗殺もこなせる。リリも天賦の才ありと族長に言わしめるレベル、そこにフェレである。常識で計れる女達ではないのだ、戦力としては十分であろう。ひょっとして、残留組で一番弱いのは自分なのではないかと苦笑するファリドである。
そして、帰還組が闇の男達だけで編成されることは、アミールに情報が伝わるのが早まるということ。彼らは恐らく昼夜分かたず敵地を突っ切り、最短で任を果たしてくれるであろう。そう考えれば悪くないと、ファリドは自分を納得させている。
「まあ、なるように、なるさ」
ファリドは意識して明るい声を出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ん? もう一度言ってくれ。その離反部隊指揮官の名前を……」
「ええ、ミラードという、三十代後半の高級将校が率いているそうです」
フーリの報告に、ファリドは小さな驚きをもって眼を見開く。
王太子の件を最優先にするため後回しになっていた、離反部隊に対する情報収集は、リリとフーリの役目だ。可愛らしく街娘風に装った二人がにこっと笑いかければ、色気のない兵役に倦んだ若い兵士の口は、羽が生えたように軽くなろうというものだから。ものの一日で、彼女達はファリドの知りたい情報を、概ねつかんできた。
「そうか、あの大隊長が……」
懐かしい名前に、ファリドが感慨深い眼をする。かつて傭兵として参加し、「軍師」の称号を望まずして得たあの戦いで、彼に眼を掛けてくれた、あの大隊長である。
父子のように交わっていた第三軍団指揮官イマーン将軍はすでに失脚し、恐らくいずこかに囚われている。腹芸など使えぬ真っ直ぐな武人気質のあの大隊長は、尊敬する上官のため、そして自らの信ずる正義を貫かんと抵抗しているのであろう。
「その名前からすると、貴族ではないようね。それで五千の連隊を率いるとは大したものだわ。『軍師』は、彼を知っているの?」
「ええ、短い間、私の上官でした。著しい戦功を挙げていたんで、平民と言っても無視はできなかったのでしょうね」
「味方に……引き込むつもりね?」
そう問うメフランギスの眼は、輝いている。やはりこの女性も、生まれながらの王族……自らの手で国を動かし未来を変える可能性に、興奮を抑えきれないのだ。
「できれば。ただ、かの大隊長はイマーン将軍と浅からぬ交流があります。敵が将軍を盾にしてきた場合、その鋭鋒が鈍ってしまうかもしれないのが懸念ですが」
「ならば、イマーン将軍をまず取り戻しましょう! リリ、将軍の居場所はわかるの?」
「はい。自由を奪われてはいますが、副都西側の邸宅で丁重に扱われています」
まるで以前から妃直属の部下であったかのように、リリがひざまずいた姿勢のまま背筋をきゅっと伸ばして答える。すっかりこの場の主導権を奪われた形になったファリドは、苦笑するしかない。
「あなた方の力で、救出できるかしら?」
「私とフーリだけではとても。ですが、女神……フェレ様のお力と、軍師様のお知恵を頂けば、必ずや」
「それじゃあ決まりね。あとは頼むわよ『軍師』様?」
―――おい「必ずや」って言いつつ、結局こっちに投げるのか?
なかなか不幸な「軍師」である。
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