第128話 副都の異変

「副都の市場でも、『女神の祝福』の噂はたいへんなものです」


「はぁ~っ、あまり悪目立ちしたくなかったんだけどなあ」


 オーランの報告にため息をつくファリド達は、副都を見下ろす小高い丘の中腹にある岩洞にここ数日隠れ、「ゴルガーンの一族」を街に放って様子を窺っている。


「まあ、あれだけ感動させちゃうとね。女達としてはその感動を自分の胸にしまっては置けないでしょう」


 メフランギスにとどめを刺され、深くため息をつくファリドである。彼とてその危険を十分承知してはいたのだが……仔犬のような眼で訴えるフェレの望みをかなえることを、思わず優先してしまった結果がこれなのだ。


「……ごめん。やりすぎだった?」


「いや、こうなることは予想していたから。構わない。フェレの女神伝説はもうあちこちで話題になっているんだ、今さら多少上乗せされたって、大したことはないよ」


 にわかに心配そうな眼を向けてくるフェレをなだめるように、穏やかに話すファリド。そう、恐らく彼らのなそうとしていることには、影響はないだろう。噂はフェレの為した奇蹟について微に入り細をうがって語るものの、それが起こった村の場所には一寸たりとも触れていない。第一軍団の残党も兵力はギリギリだ、市井の与太話を確かめるために動員できる兵はおそらくいないであろう。


「そうそう、あまり気にしないことね。それにしても、フェレちゃんの演技力、すごかったわあ」


 自らも女優を務めたメフランギスがからかい気味に賞賛する通り、あの村で繰り広げられた主演フェレ、演出ファリドの寸劇は、なかなかの名舞台になった。夫や父を殺され憔悴し切っていたはずの女達は、彼らが村を去るころにはすっかり前向きに、明るくなっていたのである。


「私達、頑張ります!」

「女神様が願って下さったのですもの、幸せになるわ!」

「アナーヒターの祝福を頂いたこの子を、立派に育てます……」


 彼女たちを魅了した猿芝居の小道具となった透き通った空飛ぶ妖精は、言うまでもなく調理用の塩粒が集まってできたものだ。ファリドがフェレの魔術に無限の可能性を見出す切っ掛けとなった、フェレが自ら「かくし芸」と呼ぶ、塩粒で竜をかたちづくるテーブルマジックの応用である。


 今や大魔女とも女神とも称されるフェレだが、自分の原点とでもいうべきこの魔術を、常に磨き続けているのだ。今や彼女は妖精や蝶、トンボといった小さな飛行体なら、百体くらいは別々に制御できる。あの村で珍しくサービス精神を全開にしたフェレは、女達の頭上一面に塩粒の妖精を舞わせ、そこに優し気な励ましの言葉を重ねたのだ。純朴な田舎女達が、フェレを女神アナーヒターの化身と信じ込んでしまったのも、無理のないことといえよう。


「……あれは、恥ずかしいけど……ちょっと楽しかったです」


 ちょっぴりだけ頬を桜色に染めて、ぼそっとつぶやくフェレ。それを眺めるメフランギス達の視線は優しい……まるで、幼い妹を見るように。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「それが……不思議なことに、王太子殿下の消息が、まったく伝わってこないのです」


 そう、ファリド達は副都まで遊びに来ているわけではない。思わず緩んだ頬を引き締め、「ゴルガーンの一族」がもたらす諜報結果報告を受ける。


「まだ、副都に来られていないという可能性は?」


「いえ、副都入城の際は、民達の前に堂々と姿を見せられていたということですので、何か起こったならば、その後かと」


 「何か」と口にする際、オーランがメフランギスの方をちらっと窺うが、この気さくで勇ましい王太子妃は、顔色も変えずに仕草で続けるよう促す。


「はっ。副都にも幾人か我々の仲間が潜り込んでおりますれば。その者達の申すには、今第三軍団を差配しているのは、クーシャーという者であると」


「変ですね……第三軍団の長は、イマーン将軍であったはずですが」


 王太子妃の口から出た懐かしい名前に、ファリドが頬をわずかに緩めるが、それも一瞬のこと。それが本当ならば、第三軍団の内部で、良からぬ権力闘争が起こったということだ。


「どうやら、クーデターのようなことが起こった模様でして。将軍は捕らえられていずこかに幽閉されたとのこと、監禁場所は探っております」


「であれば、我が夫カイヴァーンも囚われの身になっている可能性が大ですね」


 冷静そのものであったように見えたメフランギスの声が、耐えきれなかったようにわずか震える。だがこの気丈な王太子妃は、すぐに自分を取り戻し、ファリドに見解を求めた。


「第三軍団は、キルス殿下についたということなのかしら?」


「でしょうね。しかしそれならば王都に向け救援の軍を発してもおかしくないはずですが、動かないのはなぜでしょうね……」


 妃の疑問をファリドがさらに疑問で受ける。オーランがそれを待っていたかのように口を開いた。


「第三軍団のうち、およそ五千が新しい軍団長に従うのをよしとせず、西の砦から動かないとのこと。おそらくは、その部隊を気にして出撃できないのではないかと」


 なるほどと、ファリドは膝を打つ。五千の兵が離反すれば残りは二万五千、背後を襲われる危険を考えると一万程度は兵力を残さねばならず、動かせる軍はおよそ一万五千。連戦連勝で意気あがる第二軍団を撃つには、力不足……ためらう指揮官の気持ちもわかろうというものだ。


「よし。オーラン達は王太子殿下の消息探索を最優先。加えてその反乱連隊の情報が欲しい、もし味方につけられれば……」

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