第126話 暴兵成敗?

「屋外に出ている敵は十名。残りは家の中で略奪しているか……」


 その先は言わなくてもわかる。手早く「ゴルガーンの一族」を村の周りに散らしたオーランの報告に、ファリドは苦い表情でうなずく。


「外にいる連中は全員フェレが片付ける。オーラン達は一軒一軒探って、中に兵がいる家をチェックしてくれ」


 一瞬驚きの色をその眼に浮かべつつ、すぐ了承の意を示すオーラン。彼も、フェレの魔術が派手な大量虐殺技だけではないことを、知っているのだから。


 オーラン達が音もなく散開していくのを確認した後、ファリドはフェレを伴って木陰から物陰へと慎重に近づいていく。


「いいか、ためらうなよ」


「……うん」


 フェレは安定の無表情だが、その口許はいつもより引き締まっている。緊張と、自分がこれから犯すであろう罪……人を殺めることへの覚悟が綯い交ぜになっているのだ。


「……大丈夫……やれる」


 そして二十メートルばかり先に、二人の兵が呑気に笑いながら歩いてくるのが見える。その槍は血塗られており、高価そうな女物の絹服を小脇に抱えている。彼らがいかなる所業を行ってきたかは、一目で明らかだ。


 ファリドが、耳の脇に立てた人差し指をさっと振り降ろすと、それが起こった。


 兵の一人は、自分に何が起こったのか理解できなかった。隣でうるさいくらいの大音声でたった今の乱行を自慢していた同僚の声が、いきなり聞こえなくなったのだ。隣を振り向くと、その同僚が膝から崩れ落ちる姿が眼に映る。


 彼は驚きの叫びを上げた……つもりだった。しかし、のどが震えているのに声は聞こえない。不意に息苦しさを感じて大きく息を吸い込んだ時、兵士の意識は黒く染まった。


 そして、ファリド達が村の中心に至るまでに、十一人の兵士が、同じシーンを演じた。もちろん、フェレの魔術「真空」である。まわりの空気を抜かれれば声を出せど伝わらず、大きく一息吸えば酸欠で意識を失うしかないのだ。


「お見事です」


「……ん」


 オーランの賞賛にぶっきらぼうな答えを返すフェレの口は、ぎゅっと引き結ばれている。倒れた兵士のすべては、自分の魔術で殺したものだ……見た目と違って繊細な彼女の精神は、恐らく血を流しているだろう。だが、今回の襲撃は、自ら望んで行ったものだ。フェレは少しだけ眉を寄せ、自らを鼓舞するかのように、ぐっと胸を張る。

 

「あとは、お任せを」


 そう言いながら、オーランとリリは一軒の家に近づく。玄関は開け放たれており、そこに張り付いた「ゴルガーンの一族」が、片手で二本、もう片手で二本指を立てる。暴兵が二人いて、捕らわれている者も二人いるということだろう。


 彼らはためらうことなく屋内に侵入する。こそとも音を発しないのはさすがと言うしかないが、ものの二十も数えないうちにごく低い口笛が聞こえる。中へ入ってみれば、ズボンを脱いだ二人の粗野な兵士が、それぞれ女にのしかかったままこと切れている。首の後ろに鋭く長い錐のような暗器を打ち込まれ、声も出す余裕すらなくこの世の天国から一瞬であの世の天国にご招待、となったようだ。自分の身体の上で男が骸に変わるのを見て恐怖の叫びを上げそうになる女達の口を押さえつつ、リリが優しく小さな声でなだめている。


 そして、村のあちこちで同じような光景が一気に展開された。もはや邪魔者はいないとばかりにめいめい勝手に略奪に励んでいた暴兵達は、次々と隠密集団の手に掛かっていった。叫び声すら上がらず、総勢二十名以上の集団は全滅した。


 だが、村が受けた傷は、はるかに深かった。妻や子供を守るため勇敢にも正規兵に立ち向かった男達は、三十人ほどが虐殺されてしまっている。わざわざ手足を斬っていたぶられてから殺された者もおり……その表情は苦悶に歪んでいた。


「これは、ひどすぎるな」


 呟くファリドの前に、一人の男が引き出されてくる。一般兵とは違う装備や服装をまとっていて、一目で指揮官とわかる出立ちだ。


「指揮官まで一緒になって、自分達が守るべき国民から略奪し、なぶり殺すのか。第一軍団はここまで腐ったのか?」


「し、仕方なかったのだ! マハン平原で敗れて以降、王都の本部が補給を十分してくれなくなった。我々だって食わねば生き残れん、現地調達するのはやむを得ないのだ!」


 やはり第一軍団は崩壊寸前であったかと、納得するファリドである。しかしだからと言って、このような不法が許されるわけもない。


「食うためといいながら、略奪品は食糧ではなく金目の物ばかり。何より、生き残るために、女を襲うことが必要なのか?」


「うっ……兵達の不満が爆発寸前であったのだ! 女でも抱かせねば、反乱になりかねなかった、仕方なかったのだ!」


「そのために、これだけ多くの民を殺したのだな。本来ならお前達が守るべき、無辜の民を」


 ファリドに痛いところを突かれて一瞬黙り込んだ将校であったが、すぐ開き直ってまた騒ぎ始める。


「そもそも、俺は正規軍の将校だ! 俺を裁く権限は軍の高官か、王室にしかない。お前のような若造が俺を殺せば、反逆罪だ!」


 すでに多くの暴兵を殺してしまっている自分達が、今さら反逆罪など恐れるわけもないのだがなと、ファリドが言い返そうとしたその時、彼の横を細い影がすぅっとすり抜け、哀れな将校の前に立った。


「高官か王室なら、あなたを裁く権限があるというのですね。それなら私が裁きましょう」


「なんだ、お前は……ん? いや、まさか……王太子妃殿下?」


 そう問い返されて、栗色の髪をふぁさっと揺らし、明るい青い瞳を真っ直ぐ相手に向けた彼女は、凛々しく宣言した。


「いかにも、私は王太子妃メフランギス。この場で夫に代わってあなたに裁きを言い渡します。あなたの処分は、あなたが不法を働いた相手……この村の住人に決めさせます。自らの行いをどのように民が受け止めているか、その身体で知るが良いでしょう」


 将校はもはや騒ぐこともなく、がっくりと肩を落とした。

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