残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます

第121話 アミールを王に？

「英雄王子アミールを、王位に！」

　そんな声が、第二軍団に広がっていた。

　いつの間にやらアミールには「英雄王子」というベタな二つ名が冠され、公然とその呼称で語られているのだ。

　第二軍団の兵達にとって、その二つ名は自然に受け止められるものだ。恐らく簒奪をなしたであろうキルス王子に敢然と叛旗をひるがえし、兵力の圧倒的劣勢を跳ね返して破竹の連戦連勝を為し、ついには王都を囲むに至ったこの勢力の総帥であるアミールは、まさに英雄と呼ぶべきものだ。

　無論その偉業は、「軍師」ファリドと「女神」フェレシュテフの活躍に負うところ大ではあるのだが、そもそもこの二人にしても、アミールが招請したからこそこの軍に参じたのだ。これをアミールの功績と言っても、非難する者はいないだろう。

　そして、この盟主は懐が深い。一旦敵対した者でも、降れば即座に許し、その手を取って熱く理想を語り、そのまま軍の中枢に据え重要な任務を与える。ある意味実に危なっかしい行いではあるのだが、人心を掴むには最強の手段であることも、また事実であろう。降伏した者はその度量に最初は驚き、続いて感心し、最後は心酔する。

　ファリドであったら逃げ出すであろう大袈裟極まる「英雄」の二つ名も、アミールは気に入っているようだ。もともとファリドと違って生まれながらに賞賛され持ち上げられることには慣れている彼だ。チヤホヤされつつも、嫌味を感じさせない態度を取れる、さすがは王族であるといえよう。

　しかし「アミールに王位を」という主張は、放置するわけにはいかない。これから王太子カイヴァーンが率いる第三軍団と合流し、共同で王都を奪還せねばならないこの時に、信頼し合っているこの兄弟の間に溝を作りかねないこの手の扇動は、無意味というより有害である。そもそも、兄王太子を深く敬愛するアミールに、王位への野望は存在しないのであるから。

「なあアミール。この件については、第二軍団内に釘を刺しておかねばならないと思うぞ」

「そうだね。誰があんなことを、言い出したんだろう……」

◇◇◇◇◇◇◇◇

　常ならぬ招集に、息を詰める将校たち。

　指揮所の前にある広場に、中級指揮官以上が全員集結し、これから起こることをめいめい予想しては、目配せを交わしあっている。彼らが一様に注目する若い盟主は一同を見回した後、ゆっくりと口を開いた。

「諸君、長い間私と一緒に戦ってくれて感謝する」

　意外な切り出しに、疑問の声が広がる。それが静まるのを待って、ゆっくりとした口調で、アミールが後を続ける。

「私は今日限りで、この軍の盟主を退くことにした」

　今度は将校達の間にざわめきすら上がらず、静寂が訪れる。あまりの驚きに、皆唾を飲み込み、しわぶきも漏らさず、次の言葉を聞き漏らすまいと意識をアミールに集中している。

「第二軍団の中に、私を王位に就けんとする声があるようだ」

　おおっと言うようなどよめきが広がるが、司令官たるバフマンを始めとする高級指揮官は、顔色を変える。彼らはこの噂の危険性に、すぐ思い至るだけの識見を持っているのだ。だが、多くの若手や叩き上げの中級将校は、そこまで想像力を働かせることができないらしい。無邪気に賛成の声を上げている。

「私には、王位を狙う意志はない。敬愛する兄王太子カイヴァーンを助け、その王業が成るように補佐したい、それが望みである。すでに第二王子であったキルスが野望をむき出しにし、国を滅ぼしかねない大乱を招いた例がある。この上私を王になどと騒ぐ者がいては、さらに国民が苦しむことになろう」

　バフマン達は、深くうなずく。しかし若手将校は、不満げな声を漏らしている。

「これ以上無用の疑いを招かぬために、私は盟主を退き、兄王太子がおわす第三軍団に馳せ参じ、その傍らで補佐役に徹するつもりだ。諸君らはバフマンの指揮に従い、これまでどおり王太子殿下の到着を待つのだ」

「で、殿下。それはいけません。私は所詮野戦の指揮官、到底この集団をまとめ切ることも、敵勢力と政治的な交渉をすることもできません。どうか思いとどまられて、引き続き私たちの盟主として在って頂きたく。王太子殿下へのご配慮は、徹底いたします故……」

　青くなって言い募るバフマン。彼はもちろん軍事指揮官としての自分に誇りを持っているが、政治的な面まで含めてトップを張る実力は持っていないことを、十分に自覚しているのだ。

「私とて進んでここを去りたいわけではない。諸君らがそう言ってくれるならば、盟主を続けてもよかろう。但し、今後私と王位を結びつけるような言辞を為す者を重罰に処すという、布告を出す条件付きでな」

　一段高い位置に座しているバフマン達高級指揮官は、安堵の思いに頬を緩める。しかし、広場に集結した一般将校達の間には、異議を含んだざわめきが広がっていく。おそらくこの中には、そのような意見を声高に叫んでいた者も、いたのだろう。

「異議がございます！　殿下、なぜ国の頂点にお立ちになろうとなさらないのか！」

　ファリドと同年代と思しき、いかにも貴族然とした雰囲気をまとった将校が、鋭く声を上げた。