第117話 つがいのピアス
二人が大きく一歩前に踏み出した、その翌日。
朝食の席には、実に微妙な雰囲気が流れていた。
いつもになく寝坊したフェレに小言を言うでもなく、ひたすらにこやかに彼女をいたわるかのような雰囲気の、母ハスティと妹アレフ。
そして、直接声をかけてはこないが何やら含みのあるにやけた表情でファリドに視線を投げてくる、男性陣たる父ダリュシュと義弟アミール。女性陣が近くにいなかったら「ゆうべは、おたのしみでしたね」というどこかで聞いたようなフレーズが、その口から飛び出すことだろう。公認の婚約者同士で愛を交わしただけなのだから別に堂々としていればいいところなのだが、男どもの生暖かい視線にいたたまれない、ファリドである。
もう一方の当事者であるフェレは、そんな視線を気にすることもなく、相変わらずのマイペースだ。いつも通りの無表情は平常運転かと思ってみれば、ふと視線がファリドと交差するたびに、へにゃりとした微笑みを浮かべる。その不器用な微笑みを眼にした女性陣は喜び、男性陣はニヤニヤし、ファリドは尻のあたりがムズムズするのを感じながらも、胸に暖かいものが広がるのを感じるのだった。
「あら? 姉様のピアスが、何か光ってるみたい……」
アレフが目ざとく変化に気づき、フェレの耳を指さす。ファリドの左耳、そしてフェレの右耳に着けられた、ラピスラズリをあしらったお揃いの魔銀ピアスだ。先祖伝来の守りだというので、父ダリュシュに押し付けられたものだが、このピアスに籠められた魔術は確実にフェレを一度、命の危機から救っている。
こういうところには鈍いファリドも、アレフに指摘されてようやく理解した。そこに嵌められたラピスラズリは最上級のものだが、昨日まではただただ深く沈んだ青色を呈していたはず。だが今フェレの耳を飾っているそれは、濃い青色はそのままに、石の内部に三つ、光の点が現れている。まるで夜空に、星が輝いているように。
「おお、これは実にめでたいのである」
「……何がめでたいのか、よくわからない」
「そうであるな、まだフェレには説明していなかったのであるが……このピアスに配された石は、それを着ける者同士の心が真につながると、星を抱くのだと伝えられてきたのである。フェレと婿殿の結びつきが、まあ確実になったということであるな」
ダリュシュに得々と解説されて、昨夜のあれこれを思い出したのであろうか、フェレが頬を桜色を超えて真っ赤に染める。
「ほぅ……すばらしいピアスだ。つがいの危機を知らせる力もあると聞いているし、これは王室の宝物庫に仕舞われているクラスの魔道具ですね。失礼ながらこのような貴重なものを地方の騎士家でお持ちとは思いませんでしたよ」
このまま放っておくとダリュシュの話が、下世話な方向にいってしまいそうだ。空気を読む男であるアミールが、恥じらうフェレに気を遣って、ピアスの価値に話をずらす。
「うむ、四代前のご先祖は事業で巨富を成したと聞いているのでありましてな。カネにものを言わせて王都の高位魔術師に造らせたのだと聞いておりますな。その後の我が家は二代ほど放蕩者が続いて、貧乏騎士に戻ってしまったのでありますが」
「なるほど、実にすばらしい秘宝ですね。こんな貴重な品を、まだ付き合ってもいなかった頃の姉さんと兄さんにポンと渡してしまうとは……父上の先見の明というべきでしょうか」
―――そうだ、アミールの言う通りだ。
ファリドは、改めてこの父に尊敬の念を抱く。ダリュシュがこれを二人に与えたのは、初めてこのメフリーズ村を訪れた時。二人がまだ将来について何の約束もしていないことをはっきり伝えていたにも関わらず、この磊落な領主はファリドを認め、愛娘と共に旅立つ彼に家宝をあっさりと託したのだ。先見の明……であったかどうかは微妙なところだが、器が大きい父であることは間違いないだろう。
「それも星が三つも現れるとは……星が多いほど、つながりは深いと伝えられているのである。よほど強い絆を結んだということなのであるな」
それにしても、この父は恥じらうフェレに構わずそっちに話を持っていく。とにかく二人が深く「つながった」だの「結びついた」というところに、結論を向けたいようだ。もはや茹でダコ状態になったフェレは、完全に下を向いてしまっている。
「父さんと母さんも、若いころは着けていたんでしょう? 星はいくつ出たの?」
フェレに助け船を出そうというのであろうか、アレフが父に向かってややきわどい突っ込みを入れると、これまでフル回転していたダリュシュの舌が動きを止め、ハスティが声を低めて受けた。
「ああ、それね。結婚したときに一つは出たわ。だけど、フェレがお腹にいるときにこの人が浮気してね、その時消えちゃったの。それ以来二人とも着けるのをやめて、娘にいい人ができたらあげようってことにしたのよねえ」
アレフの問いは、予想していたより強力な地雷であったようだ。一気に冷えたダイニングの雰囲気に、顔をこわばらせる男性陣であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます