第115話 帰還と団らんと
「王太子妃殿下、万歳!」
「メフランギスさまぁ! よくご無事で!」
「これで王太子様も、本気で戦える!」
派手系美人の王太子妃は、仮設指揮台の上で手を振り、にこやかに兵士たちの歓呼に応えている。長い監禁生活で疲れているはずなのにこの凛とした態度、さすがは王族だと感心するファリドである。
予想より早く両親を救出し、行きがけの駄賃とばかりに王太子妃まで奪回してしまったファリド達は、王都から二時間ほどの平原に設けられた第二軍団宿営地にたどり着いた。フェレの愛するメフリーズ村と、王都の中間点である。
「もう王都を囲んでいるのかと思ったが、こんな手前で足踏みしているというわけか」
「まあね。ファリド兄さんには、意味が分かるだろう?」
「そうだな……王太子殿下に対する政治的配慮は、必要だろうな」
そう、普段のチャラい態度を見ていると想像できないが、アミールは「空気の読める」男なのである。
第二軍団の兵力は五万、対する第一軍団は一万強。数でも圧倒し、連戦連勝で士気の面でもすでに勝負にならない。堅固な王都の城壁に籠られれば攻め難いが、それなら圧倒的戦力で包囲し、出入りできなくしてやれば良いこと。王都はひたすら食糧を消費する都市だ、ほどなく干上がって降るしかなくなるはずだ。明らかに勝ちが見えているからこそ、ファリドは最終兵器たるフェレを連れ、離脱したのである。
だが、アミールは王都に攻撃を掛けることも囲むこともせず、その手前で英気を養っているだけだ。強行軍が続いていた部下は喜んでいるが、いぶかしく思う者も、多いであろう。
アミールが恐れているのは、尊敬する兄王太子と自分を、比較する輩が現れることだ。すでに敵勢力の主力部隊を壊滅させたアミールが、王都奪回まで単独で実現してしまったらどうなるだろうかと。第二王子キルスとバンプール伯ザールの奸計に現時点為すべきところがないように見える王太子カイヴァーンを貶める者達が、必ず現れるであろう……たとえ第三軍団がとるべき王都への道程が、アミールの第二軍団のそれより長いという不利を背負っていたとしても。
「王都奪還の功は、カイ兄のものにしたい。死力を尽くして戦ってくれた部下や、あんな奇跡を起こしてくれた姉さん達には、申し訳ないんだけど……カイ兄の地位を、揺るぎないものにしたいんだ」
「アミールの思う通りにするといい。フェレも、兵士達も……戦後にもめ事を残さず、平和な治世になることを望んでいるんだから。ああ、部族軍の働きにだけは、きちんと報いてくれよな」
「それはもちろんだよ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「旦那様、奥様、よくぞご無事で……」
家令アルザングの声が、感動で詰まる。古今この手の醜悪な権力争いの下で一旦敵の手に落ちれば、生きて帰れることなど、望むべくはないのだから。
「うむ、フェレと婿殿のお陰なのである。二度と帰れぬことを覚悟しておったが……」
「ほんとよね。こうしてもう一度アレフを抱きしめられるなんてね」
そう、母ハスティと抱き合って瞳を濡らしているのは、アレフである。そしてそれを微笑んで見守っている男達の中に、なぜかアミールもいるのだ。
「おい、盟主が第二軍団を置いてきて、よかったのか?」
「うん、今は僕が前線に立って目立たない方が、何かといいんじゃないかな。もちろんカイ兄と合流したら、真剣に働くよ。あくまで王太子の補佐として、だけどね」
「じゃ、お前今夜は……」
「うん、ここに泊まるつもりだよ、もちろん、アレフも一緒にね。ほら、せっかくファリド兄さんが建ててくれた素敵な離れを、きちんと利用しない手はないなあと思って」
ああ、結局アレフとよろしくやるのが目的かと、天を仰ぐファリドであったが……。
「旦那様がご帰還されて、殿下も見えられた! 本日は、宴としましょうぞ!」
「そう言うと思って鶏もつぶして下ごしらえ済みだよ、腕によりをかけて、ご馳走を作るよ!」
「……お腹空いた」
ひたすら喜びに浮き立つ領主館の者達と、珍しく仏頂面を崩して微笑むフェレの姿を見て、まあいいかという気分になるのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
この家族で食卓を囲むのは、久しぶりだ。
ファリドとフェレ、父ダリュシュに母ハスティ、そしてアレフに、アミール。とっておきの鶏をつぶし、冬場の狩りで貯め込んでいた燻製の猪肉もたっぷり使って、最大級におごった夕食だ……あくまでこの村の生活レベルにおいては、と言うことなのだが。
「それでは、フェレとファリド君は、しばらくここにいられるということかな?」
「ええ。しばらくは動きもないことですし。それに俺達は、勝手に軍を離脱した身ですから」
ファリドがそんなことを言うと、アミールが椅子から飛び上がる。
「何言ってるんだファリド兄さん! いつでも帰ってきて……というか、義父上義母上も救出できたんだし、早く戻ってきて欲しいんだよ。兄さんがいないと、変に盟主扱いされて、相談相手が全くいないんだよ」
そうかもな、とファリドは思う。何でも一人で決めろと言うには、今第二軍団とアミールが抱えている問題は、重すぎる。
軍団長たるバフマンは忠実で実直な武官ではあるが、それだけにはかりごとを巡らすことは苦手だ。彼には余計なことを考えさせるより、明確に方針を与えたうえでその統率力と戦闘力を活かしてもらうことに特化すべきだろう。部族軍を率いるシャープールは武勇のみでなく頭脳も優れているが、彼の忠誠はイスファハン王家ではなく、ファリド……というよりフェレという個人に向けられている。長年の経緯で王家に対してわだかまりも持っていて……完全に腹を割って話し合う相手には、なりえないだろう。
「まあ、兄さんには早々に復帰してもらうとして……実際のところ、カイ兄の第三軍団が王都近郊に来るまで、待つしかないからね。だから……うん、僕もしばらくここに厄介になることにするよ」
―――おいアミール、お前、居座るつもりなのか?
思わず頭を抱える、ファリドであった。
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