第114話 全力戦闘
「さて、行きはこっそりでよかったが……帰りは派手にやらないとな」
「……うん」
そう、軍監獄に入る時はリリ達の忍び技を使って壁を乗り越え、兵に気付かれることなく目的を果たすことができたが、出るときにそうはいかない。並みの体力しかない母ハスティや、おそらく並みを下回るであろう王太子妃メフランギスを伴っているのだから。
「まずは、あれを準備しておくぞ」
フェレとファリドがそう言って背嚢を開け、何かを取り出すでもないまま再度背負う。王太子妃や両親達は不思議そうな視線を投げるが、余計な質問はしない。一旦信頼したら任せるという、度量を持った人々なのである。
前方から、七人の兵士が松明を掲げてがやがや雑談をしながら近づいてくる。おそらく、看守の交代要員なのであろう。もちろん彼らに敵襲への緊張感などは、ない。
「よしっ、一気にやるぞ!」
ファリドの指示一下、近接戦闘を得意とする五人が襲い掛かる。瞬く間にファリドとアフシン、そしてリリとフーリが一人ずつ、オーランが二人を声もあげさせず片付ける。しかし残る一人はファリドが致命傷をその頸部に送り込むまでの数秒間に、仲間に急を告げる叫びをあげた。
「敵襲だ!」
たちまち当直の兵たち十数人が駆けてくる。但し彼らにとって残念なことに、統一された指揮系統によらず、バラバラと。
混乱かつ分散している兵士など、訓練された闇の者には敵ではない。リリ達「ゴルガーンの一族」と魔族アフシンは、まるで雑草でも抜くかのように彼らを全滅させた。
「大したものだ。だが我々は、いずれかの門を開けて、かつ追撃を諦めさせねばならないからな。もうひと頑張り頼みたい……そして、仕上げはフェレ、言ったとおりにな」
「……うん。リドが道を示してくれたら……私はやるだけ」
◇◇◇◇◇◇◇◇
兵営の方角で兵装の鳴るガチャガチャという音、そして将校らしき大声が聞こえる。ようやくきちんと指揮系統をまとめ、敵襲に応じる態勢ができたようだ。ファリド達にとっては、ありがたくないことであるのだが。
ファリドはもっとも近い東側の門を占拠した。守備兵の半数は先ほど殺した者達の中にいたらしく、数人の残兵はリリ達の敵ではなかった。但し、このまま門を開けて外に出ても、恐らく数百はいるであろうこの砦の兵からは、逃げ切れないであろう。彼らが追ってこられないような、絶対的な恐怖を与える必要があるのだ。
「いたぞ! 侵入者は少数だ、絶対に逃がすな!」
指揮官の命令一下、軽装の歩兵が六~七十人、きちんと陣形を組んで迫ってくる。急ごしらえで準備したこともあって、重装を整えるには至らなかったのだろう。
「まともにぶつかったら数の暴力で圧倒される。フェレ、やるぞ!」
「……んっ!」
短い気合に合わせて、フェレとファリドの背嚢から霞のようなものが立ち昇り、帯状になって兵士たちに向かっていく。一瞬驚きを見せた兵たちだが、瞬時に物理的な害なしと見極めた指揮官の号令一下、足を止めず進んでくる。二条の帯は兵士たちの顔面に繰り返しぶち当たっているが、何のダメージも与えることができていない……あくまで、直ちには。
しかし十数秒後には、彼らの全員が眼を開けることができなくなり、激しくせき込んでいた。そう、フェレが初めて対人戦で用いた魔術「赤い蛇」である。背嚢に詰められた赤唐辛子の粉を操り、兵士たちの眼や呼吸器に、たっぷりと送り込んだのだ。子供だましのような戦術だがまさに初見殺し……予見していなかった兵士たちには、抗う術もなかった。
すかさず飛び出したファリド達が、瞬く間に歩兵を葬っていく。父ダリュシュも兵士の中剣を奪い、昔取った杵柄とばかり存分に振るっている。もっとも敵は唐辛子に戦闘力を奪われ、練習用の藁人形並みに弱体化しているのだが。
「一旦、退けっ!」
的確な指揮官の指示で這うように撤退できたのは、わずか二十人ほど。戦線は、膠着状態となった。
「ふむ、このまま帰してくれるとは、思えぬがの?」
「ああ。次はたぶん、重装兵でも出してくるだろう……決定的な打撃を与えないとな。フェレ、準備はできてるか?」
「……うん、もう、いつでもいける」
先ほどの接近戦に参加していなかったフェレが、自信ありげに答えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
しばらくして、敵兵が一斉に動き出した。ファリドの予想通り百ほどの重装歩兵が横隊を組んで、ゆっくりと押し出してくる。だがその面鎧の顔面に何やら貼り付けてあるようだ。
「なるほど考えたな、あれは薄絹だ。呼吸は妨げないが、唐辛子の粉は防げる」
「……同じ手を二回使うリドじゃないのに」
「そうだな……フェレ、辛いだろうが、頼む」
「……大丈夫、リドのため、父さん母さんのため……ふ、んっ!」
一瞬空に明かりが差し、重低音が響いた。
「みんな! 武器を放りだして地面に伏せろ!」
次の瞬間、上空でひときわ大きな雷鳴がしたと思うと、至近に稲妻が着弾し、ものすごい轟音を響かせた。落ちた先は……言うまでもなく、鋼で全身をよろった、重装兵団の中心である。そしてそれは二発、三発と続けて、重装歩兵の群れに突き刺さった。
そう、フェレは秘かに雲を砦の上空に呼び寄せて、準備をしていたのだ。そして敵が動き出すときに合わせ、マハン平原で見せたそれと同じく、雲を形づくる氷粒を一斉にぶつけ合い、雷を起こしたのである。
―――重装騎兵がフェレの雷で壊滅した話は、この砦には伝わっていなかったか。いや、伝わっていたとしても……その元凶が乗り込んできているなんて、まさか思わないよな。
内庭に数十の死骸を残して、ファリド達は悠々と砦を出た。もはや後方の松明が彼らを追ってくることはなかった。追手についてはまったく懸念していないファリドである。むしろ彼が心配しているのは、傷付きやすいフェレにまた、人を殺させてしまったこと。
思った通り小さく震えている白い手を、両手でしっかりと握り込む。最初はおずおずと、やがてぎゅうっと力を込めて握り返して来て……信ずる男を見上げるラピスラズリの瞳に強い光が戻っているのを見て、ほっと息をつくファリドであった。
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