第91話 降伏勧告なんか効かないよ?

「第一軍団の者たちよ、そなた達は完全に包囲されている、もはや勝ち目も逃げ道もない。諦めて潔く降るのだ、さすれば第三王子アミール殿下が寛大な処遇を約束して下さる」


 軍団長バフマンがルード砦の籠城兵に向かって大音声で呼びかけているが、中からそれに応えようとする者はいない。むしろ城壁の上に立っている兵たちが、あからさまな冷笑を浮かべてこちらを見ているのだ。


 敵の冷笑は、故なきことではない。砦を包囲している第二軍団には悠長に持久戦を挑む時間などないことを、彼らは十分知っているのであるから。時間の経過を待っているだけで彼らは勝利に近づき、包囲しているはずの第二軍団はどんどん不利になっていくのだ。そして砦の城壁は固くそして高く、歩兵や騎兵による力押しでは落とせるものではない……三倍程度の兵力ではとても。


「さっぱり反応してこないね、ファリド兄さん」


「当たり前だな。地の利は敵に在って、その上時間の経過も彼らに有利なのだからな。だから有無を言わさずフェレの暴力でねじ伏せるのが得策と思ったのだが、アミールに止められてしまったからな」


 少々の皮肉を込めて答えるファリド。アミールの希望には出来るだけ応えようとは思っているが、この程度言い返しても罰は当たるまい。


「姉さんに本気を出させたら、砦はきっと二度と使えないくらい派手に壊れちゃうだろうからね。まあ砦は最悪ダメになってもいいんだけど……あそこに立てこもっているのは、何も悪いことをしてない善良な兵なんだ。上官の命令に従わされているだけの、我が愛する国民だからね、できるだけ殺したくないんだよ。きっと兄さんは、兵たちの命を奪わずに済む方法を考えてくれるんじゃないかと思って」


「そういうのを無茶振りって言うんだ。まあ今回は、フェレの力で何とかなるんじゃないかと思うが」


「とにかく、一般兵をできるだけ殺さないで欲しいんだ。高級将校は多少どうなっても構わないけどね」


 真顔で念を押すアミール。フェレとファリドを信頼してくれるのはありがたいが、ここまで贅沢な要求をぶつけられると、もはやありがた迷惑の領域だろうと、ひとりごちるファリドである。


「まあ、降伏勧告は続けてくれ。時間はかかるだろうが、そのうち向こうからリアクションがあると思うよ」


 そう言いながら、フェレに何やらごにょごにょ策を授ける、ファリドである。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ルード砦の堅固な城壁の上に登って、シャープールは彼らを包囲する第二軍団の様子を見下ろしていた。一面の赤砂に覆われ乾燥した大地に布陣した彼らの敵は、のんびりと宿営の準備などを始めている。強弓の射程外に急造した木製のやぐらに登って降伏勧告を続ける将官らしき者の声がはっきり聞こえるのは、従軍魔術師が持つ「拡声」の術によるものだろう。


「芸のないことだが、敵には何か秘策でもあるのかな? なあマーニー」


「どうでしょうね。私にはただ考えもなく降伏勧告を繰り返しているだけとしか、見えませんが」


 副官のマーニーが、やはり芸のない答えを返す。


「だらだら時間を掛けることは、やつらにとって敗北に直結するはずなのだがな。第一軍団の首脳部は頭の悪い連中だが、第二軍団にもろくな奴がいないということなのかな」


「まあ第一が勝とうが第二が勝とうが我々にはどうでもよいこと。我がブワイフ族の損失をできる限り少なくするよう、うまく立ち回りたいものですな」


 イスファハン王国の辺境には、自治を許された地方部族が多い。そういった部族は国王に対して毎年朝貢するとともに、従軍する義務を負う。戦い方や生活習慣が異なる上にプライドの高い地方部族兵を国軍将校が直接指揮することは難しいため、それぞれ部族ごとに族長に連なる者を指揮官とする部隊を編成し、それを束ねて「部族軍」と呼んで運用している。部族軍が組み入れられるのは主に第一軍団であり、第一軍団兵力七万のうち二万が部族軍なのだ。シャープールもブワイフ族の次期族長として、精兵千名を率い参戦している身だ。


「うむ……だが、今回の戦においてここの籠城兵は、どう見ても捨て石であろう。そしてその捨て石七千のうち五千が部族兵というところを見れば、第一軍団の上層部が部族軍に対しどういう考え方をしているかは、火を見るより明らかということだな」


「そうですな。連中から見れば、言うことを聞かない我々を使いつぶして、犬のように忠実な国軍兵を温存したほうがよいということなのでしょう。我々ブワイフ族は馬を駆って突撃させてこそ真価を発揮するというのに、籠城を命じるとは」


 マーニーが不満を漏らす。部族兵を消耗品のように扱う現在の国軍上層部に対し忠誠を尽くす気にはならないが、王国に反旗を翻すまでの決心はないのだ。

 

 副官の愚痴に同意のため息をつき、茶色の髪をなぶる風を心地よく感じながらシャープールは碧色の眼を敵の方にもう一度何気なく向ける。ちょうど将官らしい男の降伏勧告が一区切りついたところで、仮設のやぐらに、兵士にしてはやや細身の、濃い青の服をまとった影が登ってくる。一陣の風が吹くと、不思議な色合いをもつ黒髪が広がる。


「あれは、女か? 敵は、何のつもりだ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る