第83話 ザーヘダーンへ
その後二昼夜を掛けて、ファリド達一行はようやく、乾ききった赤茶色の丘陵地帯を抜け出そうとしている。小高い丘の上に馬を立てて東方を見やれば、そこは草原地域……そしてさらに向こうには、低木の森が広がっている。
箱入り娘であるアレフの体力を気遣い、気温の高い真昼の移動を避けて、朝と夕方のみ移動することで消耗を抑えながらの行軍であった。彼女も徐々に効果的な水や塩分の摂り方や、疲れにくい乗馬を身に着けつつあり、短期間で着実に旅慣れしつつある。決して体力水準は高くないが、賢く行動できる女性なのである。
懸案であった飲料水の確保にメドがついたのが、やはり大きかった。これがなかったら一日ちょっとで音を上げて、乾燥地帯から逃げ出さねばならなかったであろう。フェレはその後二回ほど同じように雲を呼び寄せては、使い切れないほどの水を得る術を再現させている。
雲寄せの術を使うフェレの様子をよくよく観察してみれば、一回目より二回目、二回目より三回目と、どんどん魔力燃費効率が向上しているのが見て取れる。一回目はこめかみに脂汗を流しながらようやく成功させていたものと同じ魔術を、三回目ともなれば眉も動かさず発動させているのである。
「……うん、やり方はわかった。もう簡単」
これほどの大魔術を、平然として「簡単」と言ってのけるフェレはまさに規格外の存在であるが、それを見たファリドの脳裏に、幾つかのアイデアが閃いた。
「なあフェレ。ちょっといくつか、試してみたいことがあるんだが……」
「……ん? いいよ?」
このやりとりがフェレの「女神伝説」の始まりとなるのであったが……その成果を示すのは、後日のこととなる。
◇◇◇◇◇◇◇◇
乾燥地帯を抜け、草原を一気に横断したファリド達は、林を縫う間道を騎行している。
馬が通れる間道があるのだから人間の活動する地域ではあるのだろうが、不毛地帯を突っ切ったお陰で、フェレの実家アフワズと、アミールが待つザーヘダーンを結ぶ街道からは、かなり北に外れた位置を、彼らは進んでいる。いくらアミールを引っ張り出すのに有効なアレフとはいえ、こんなところまで捜索の網が張り巡らされていることはなかろうとファリドは判断している。
「このまま進んで、さっさとザーヘダーンに入りたいところだな」
「そうですな。第一軍団が、ザーヘダーンを囲んでいないことを祈るばかりです」
ファリドと並んで馬を操るファルディンは、謹厳な表情を崩さない。この真面目な軍人にとって、アレフを主君の元に送り届ける任務を果たすまでは、緊張を解くことなどできないのだろう。
「まあ、それはないんじゃないかなあ」
「軍師殿、そうおっしゃるのは何故に?」
「軍師殿ってのは背中がムズムズするからやめてくれないかな、ファリドでいいよ。うん、ファルディン殿には釈迦に説法だと思うが、軍団が丸ごと詰まった城砦を包囲するほどの大兵力を動かすのは、一朝一夕にはとても無理だ。しっかり糧食の準備をし、留守中後顧の憂いが無いことを確認しないとな。今の第一軍団には、それは難しいだろう?」
第一軍団と近衛軍団は、王都カラジュとその周辺地域を制圧している。しかし副都アスタラ、三都アズナを含むイスファハン王国西部は第三軍団のテリトリーであり、そこには本来の後継者である王太子が視察に出ていたはず。簡単に第二王子キルスの命に服するとは思えない。第一軍団は彼らの動きに備えるため、相当の大兵力を王都に残す必要があるわけだ。
「軍……いや、ファリド殿のおっしゃる通りですな」
「だから、大軍団が出張って来ているというのは無いだろう。中途半端な兵力を送ってきたとしても、第二軍団に潰されるだけだ。だけど、アレフを捕捉する任務に特化した複数の小集団がザーヘダーンの周囲を巡回して、城砦への出入りを監視しているっていう可能性は高い。さて、奴らをどう、撒くかだな」
「ファリド殿には何か、妙案がおありか?」
「まあね」
ファリドはいたずらを思いついた少年の表情で、にやりと笑った。
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