第77話 村のパスタ屋

 のんびりとした村の昼下がり。街道沿いの「村のパスタ屋」で、ファリドとフェレは、遅めの昼食を摂っている。


 この地域の住民にとって生パスタは自分の家で打つものであって、外食するようなものではない。それだけに旅人向けにパスタを食わせる発想などはまったくなかったわけなのだが、ファリドの提案で街道沿いに出店すると予想外の繫盛を見せた。貴重な現金収入源であり、かつ体力面で重労働が難しい者達の雇用確保にも資するということで、いまや村にとっての重要産業として位置づけられている。


 そうは言えど、村人たちにとってはそれぞれの家にそれぞれの打ち方、茹で方の流儀があり、「メフリーズ村のパスタ!」と銘打ちつつも、その味はその日の調理係がどこの家の婆さんかによって、かつてはバラつきが著しかったのだ。味が一定しないと、客の評判にも影響しかねない。旅商人のクチコミ力は強い……彼らに悪印象を持たれたら、店の存続にかかわる。


 これではマズいとファリドは村に落ち着くとすぐに「標準マニュアル」を作った。主要な家で作ったパスタを集めて歯ごたえやコシを比較しては、最も一般受けするであろう家の調理法を基準に、標準とする粉の挽き方、油や卵の配合量、水の加える量とタイミング、そしてこね方、生地を寝かす時間、そして茹で時間から使う鍋の大きさまで、すべて文書できっちりと規定したのだ。


 当初はフェレが助手を務めるはずであったが、結局その役目はアレフが引き継ぐことになった。何しろフェレはどこの家のパスタを食っても「……美味しい」しか言わないのであるから、試食するファリドの相談相手にならないのだ。いずれにせよマニュアルは完成し、入れ替わり立ち代わり違う家の者が調理係を務めても、「そこそこ似た味」が出せるようになって、ファリドはまず一息ついた。


 しかし、年寄りというのは面倒なものだ。マニュアル通りやれと命じても、ついつい数十年身体に染みついた自己流を優先させてしまうことが多い。かくしてファリドは週に二日ほど、「村のパスタ屋」で昼食を摂っては、調理係の婆さんたちが指示を守っているかどうか、自分の舌でチェックすることが、習慣となっている。今日の昼食も、それである。


「うん、今日はしっかりマニュアル通り、出来ているみたいだな。美味い」


「……いつも、美味しいよ?」


 フェレの反応も、ファリドの予想通りである。

 

 彼女は決して、味音痴なわけではない。ファリドや、美食に慣れているであろう第三王子アミールですら唸らせる生パスタを作れるだけの舌を、持っているのだから。しかし「おなかにたまれば何でもいい」貧乏冒険者生活を八年間も続けた後であれば、何を食わせてもらっても「美味しいっ」となってしまうのは、致し方ないであろう。ましてや彼女の愛する故郷の村で、愛するファリドと一緒に食べるシチュエーションであれば。


 そんな想いを理解できてしまったファリドは、彼女に優しい視線を向ける。そのフェレは一杯目をさっさと腹に収めて、お代わりに手を付けているところである。冒険者を引退しても、彼女の旺盛な食欲はまったく衰えることがないが、肥満に縁がない体質らしくスレンダーな体型は変わらない……もちろん、胸もなのだが。


「……ん、何か邪悪な視線を感じたような?」


「すまん……」


 男女のあれこれには鈍感なくせに、こういうところには鋭いのだなと、妙な感心をするファリドであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 パスタ屋の窓から見える街道をゆく旅人が、今日はなぜか多い。そして、みな何故か急いでいるようだ。


「何だろうねえ、今日はみんなせかせかして。これじゃ、今日の商売はうまくないね」


 接客の婆さんが、遅めの昼飯を求めて入ってきた客に、何事かと尋ねる。


「ああ、今日は商人たちがみんな、王都を離れようと必死になっているな」


「その理由は何か、わかってるのか?」


 ファリドも横から口を挟む。商人たちがこぞって大消費地から離れようとするなど、普通のこととは思えないからだ。


「知り合いの商人が追い越していったんで、聞いたんだ。いやあ、本当かウソかよくわからん話なのだが……国王陛下が、崩御されたらしいと」


「何だとっ!」


 ファリドは椅子を蹴倒して立ち上がった。二杯のパスタを平らげて食後のお茶を両手で赤ちゃん飲みしていたフェレが、不思議そうに見上げた。



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