第74話 アミールの立場

「なあアミール。結局あいつらは、どこの手先なんだ?」


 もう領地見物どころではなくなって、急ぎ領主館に帰ってきた一行。まだショックに呆然としているアレフにはフェレが付き添っており、アミールと副官、そしてファリドがリビングにいる。


 生け捕りにした賊のうち、二人は酸欠で脳がやられてしまっており、尋問することすらできなかった。指揮役だった一人も意識を取り戻すなり、奥歯に仕込んだ毒物で自殺し……なにも手掛かりを残すことはなかった。ただし彼らの剣術は正規軍で教える正統派の長剣術であったから、彼らのルーツは明らかである。


「想像で言うのはどうかなと思うんだけど……」


「副団長殿、軍師……いやファリド殿はもうご家族なのでありましょう。すべて打ち明けてご助力を求められるのがよろしいのではと、愚考致しますが」


 副官の忠言に眉を上げたアミールが、これまでに似ぬ重い口をようやく開いた。


「あれはうちの軍団ではないけど、正規軍の剣術を使う人間達だったよね。おそらく次兄……第二王子キルスの指示を受けているはずだ、証拠は取れなかったけどね」


「なんで第二王子殿下が? まさか今更、お家騒動なんてことが……」


「その、まさかなんだよね。第一王子たるカイヴァーン兄さんが王太子に決まった時点で、あきらめてくれると思ったんだけど……」


 アミールの表情は苦い。


「カイ兄……カイヴァーン兄さんと僕は、母が同じで……もう亡くなってしまったけどね。それもあって僕とカイ兄さんはとても仲がいいんだ。だけどキルス兄は現王妃の子で、母子揃って露骨に王位を狙っていたんだよね。父王も愚かな方ではないからね、先手を打ってカイ兄さんを後継に指名して、これで決着というはずだったんだけど……」


「まだ第二王子側は、王位をあきらめていないってことなのか?」


「むしろ、指名前より露骨に狙われるようになったかな。カイ兄さんの食事に毒が入れられたことはこの一年で五~六回あったし、僕は今日みたいに直接的に襲われることが……これで三回目だね」


「国王陛下は、それに対して何もしないのか?」


「王妃やキルス兄に直接つながる証拠は、慎重に消されているからね。だから僕は逃げ回るしかないわけさ。そういう意味で正規軍は、僕にとって王宮にいるよりはるかに安全だね。幹部はみんな王太子派だし、食事だって兵士と同じものを食べていれば、毒が入ることもない訳だし」


 兵士と寝食を同じくするところも、この気取らない王子の名声を高めている要素なのだが、なるほどそれは自身の安全のためでもあったのかと、納得するファリドである。


「アミールは王位につく意志はないのだろう? ならば国王に願い出て、さっさと臣籍に下る選択肢もあるはずだが?」


 ファリドの問いに、アミールがその表情を深刻なものに変える。


「そう、僕とアレフの幸せだけを考えたら、それがいいのかも知れないね。だけど、王家の決まり事で、王太子が王位を継承し、かつその後継者が定まるまでは、王太子の兄弟は王族を離脱できないんだよ」


「そうか……その仕組みの意味は、理解できるけれどな」


 王太子に万一のことがあった際には、迅速にスペアをあてがわなければならない……血筋の正統性に基づく統治システムには、必要な決まりごとなのだろう。


「それにね、仮に王族を降りることが許されたとしても、まだ僕は降りちゃいけない立場なんだ。もし、万一にだけど……王太子たるカイ兄さんが害されるようなことがあったら、キルス兄が王位に就くことになる、それだけは絶対に防がねばならないんだ」


「キルス殿下は、君主には向かない方なのか?」


「はっきり言って、無理だね。とても疑い深くて……信じることは母たる王妃と、そのバックにいる王妃の父親、バンプール伯ザールの言葉だけ。キルス兄が即位したら、王宮では粛清の嵐が吹き荒れ、その後には追従と甘言と賄賂のまかり通る酷い政治が残るだろうね」


 唇をかむアミール。これまでの調子のよい王子の仮面を脱ぎ捨てたかのように、真剣である。


「アミールも大変な事情を抱えてるんだな……ん? そうすると、今回アレフとの結婚をあっさり国王陛下が認めたことは……」


「さすがファリド兄さん、ご明察。普通だったら爵位もない騎士の娘と王子の婚姻なんか、認められるわけもないのだけれど……父王は、僕の身を守るよい機会だと思ったみたいだね。アミールには王位を狙う野心がないゆえ、決して王妃になど出来ぬ身分の低い女を娶るのだと、キルス兄に示すためにね。まあ、僕はその心理を、早くアレフとくっつくためにうまく利用させてもらったわけなんだけれど、ね」


「だがそれだけのことで、アミールとアレフの安全が担保されるとは思えないが?」


「そう。父王がいくら遠回しに配慮しようが、キルス兄と王妃は僕を狙い続けるだろうし、アレフをそれに巻き込んでしまうだろうね。だから僕は結婚しても軍で生活するよ、そこが一番安全だからね。そしてアレフにはここで……実家で暮らしてもらうつもりさ。兄さんと姉さんがここにいてくれるのならば、百人の護衛を付けるより、アレフの身は安全だからね」


「俺達は構わないし、親父殿も喜ぶと思うが……新婚早々、別居じゃ切ないなあ」


「うん、だから、たまに訪ねて来た時には、思いっきりアレフを可愛がるつもりさ」


「アミールの『可愛がる』は、やり過ぎなんだよ……」


 二人のために壁の厚い寝室を増築せねばならないだろうかと、余計な心配をするファリドだった。


◆◆◆作者より◆◆◆

よろしければ次回作もご覧ください

「追放聖女はもふもふ達と恋をする?」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055387579212

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