第58話 クーロスとの対決

 王都ギルド。「ギルドで連絡待て」とはあったものの、連絡手段については何も指示がなかった。


―――おそらく、ギルドへの出入りを監視しているのだろう。そして、頃合いを見て接触してくるはず。ならば、普通に行動するしかない。


ギルド窓口で電信の有無を確認する……来ていない。が、


「ファリド様にお伝えしなければならないことがございます……別室にて」


 隣の窓口ではフェレも同じやりとりをしている。互助会のことだろう。もう、わざわざ別々に呼ばなくても、ここで二人まとめて伝えてくれていいもいいのにと思うファリドだが、ギルド側にも建前というものがあるのだろう。


 わずか十五分後、ファリドが話を聞き終えて出てくると、フェレは先に終わったらしく、所在なさげに待っていた。


「……三人になったって……」


「そうだな、これで直接対決だ」


「……さっき、子供が来て……こんなものを渡された」


 そこには一通の、宛名も差出人もない灰色の封筒。おそらく敵からの連絡だが、フェレは封を切らずファリドを待っていた……中味を一刻も早く知りたいであろうに。ファリドは毒針などのトラップがないことを慎重に確認し、ようやく開封した。中の紙片には短く、


<<< 明日正午に、ガランダリの森、石の遺跡まで来られたし >>>


 と記されている。


「さて、おいでなすった。やるしかないよな」


「・・・うん」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ガランダリの森は王都の郊外、馬で一時間ばかりの距離にある。陰樹が生い茂り昼なお暗く、魔物の出現も多い。魔の気配が強い森の中でも、特に二つの遺跡周辺は異様な気が漂っている。その一つ「石の遺跡」は森の西側にあり、半分崩れた旧世界の神殿を中心として、半径百メートルばかりのほぼ円形に樹木のないエリアが形づくられている。


「……何で、こんなところに?」


「魔物を手先に戦うクーロスならばここを選ぶだろうな」


「……遺跡にいる魔物を使役するということ?」


「いや、遺跡自体はとっくに冒険者達によって攻略されていて、強力な魔物はみんな討伐済みさ。この辺には下級の魔物しかいないはずで、そんなのは俺達の敵じゃない。奴が利用するのはこの遺跡に満ちる異常な『気』だな。奴の手先になってる魔物がどこに潜んでいるのか、場の『気』が強すぎてわからないからな」


「……うん、何もわからない」


 ファリドはフェレの耳に唇を寄せ、ささやく。


(だけど上空のやつは多少わかる、フェレの右側、木の上に有翼猿がいるの、わかるか?)


(……わかる。片づける?)


(やってくれ、『真空』でな) 


 ほどなく樹上から何かが落下してくる。地面に激突した姿は有翼の猿、おそらく監視役として使役されていたものであろう。


「さて、見張りは潰したぜ。そろそろ出て来いよ、詐欺魔術師クーロス!」


 たっぷり十を数えた頃、崩れた礼拝堂の影から魔術師ローブを纏った、細身で長身の男がゆっくりと現れた。薄青色の髪を持ち、片目は失われている。


「大きく出たものだな、銅鷲の者達よ。我の留守に村を荒らしたようだが、直接対決で勝てるなどと思いあがるのは笑止。ここで永遠に眠ってもらおう」


「……アレフを……どこへやった!」


「ああ、あの娘……まだ生きておる。我に勝ったなら居場所を教えてやろう。まさかあれほど病弱とはな、放っておいても死ぬものを……たっぷり女として愛でてやろうと思っていたが、興がさめたわ。結果的にお前たちが釣れたのだから、エサとしては役に立ったがな」


「……く……この……」


「フェレ、挑発に乗るんじゃない。冷静に戦って、勝つんだ」


「……ん」


 フェレがたちまち落ち着きを取り戻す。フェレにとってファリドの指示は絶対だ。


「さあ来るぞ!」


「……うん」


「多少は戦えるようだが、我の使い魔どもに打ち勝てるのか? まあやってみるがよいわ」


 クーロスが冷たく宣言すると、その背後から魔狼が数十体。


「数が多いが……『真空』でやるんだ!」


「……うん……っ」


 たちまちクーロスの周辺三十メートル四方ほどの範囲にわたり、空気が希薄化する。


「むっ!」


 クーロス本人はギリギリのタイミングで気付いて飛び退いたが、魔狼どもは何が起こっているのが理解できないままに酸欠を起こして失神、戦闘不能に陥った。


「く……これほどの魔術を無詠唱で展開するとは。面白い……」


 魔術を展開するには、魔力を対象に流すために高度の意識集中が必要となる。通常の魔術師は集中力を高めるため、いわゆる「呪文」を唱える必要がある。天才クーロスとて、短いが呪文詠唱を必要とする。「無詠唱」が可能な魔術師は、宮廷魔術師か英雄級冒険者くらい、というのが一般的な認識だ。気合を入れるだけで魔術起動するフェレは、規格外なのである。


「ではこちらも手の内を見せてやるとしよう。火竜よ!」


 クーロスが叫ぶと、鬱蒼とした森の中から全身が緋色に染まった竜がのっそりと現れた……しかも二体。


―――火竜の出現は想定していたが、二体とは……最悪に近いケースだ。


「フェレ! 教えてた通りの対策で火竜に集中しろ! 俺は奴の魔術攻撃を防ぐ!」


「……うんっ」


 ファリドはすばやく短弓を構え、クーロスに向かって矢を射る。致命的な傷を与えるのは難しいがそれは目的ではない。フェレが火竜と戦うのを邪魔させないため、クーロスがフェレに魔術攻撃できないよう集中を乱せればいいのだ。


「この……小癪な!」


 目論見通りクーロスはファリドに意識を向けざるを得なくなった。そうなってくるとファリドのコントロールも難しくなってくる。矢を撃ち尽くすわけには行かず、かといって詠唱を完成させるほど間を開けると、それこそ自分が魔術の直撃を受ける。天才魔術師の攻撃を一発でも受けたら、即死しないにしろまず戦闘不能になるだろう。適度なピッチで矢を射かけつつ、間合いを詰めるチャンスをうかがう。


 一方フェレは、二体の火竜と対峙している。火竜はその物理的攻撃力もさることながら、最大の武器は炎のブレスだ。この炎を浴びればフェレは一撃で炭になってしまう。フェレはファリドの指示を反芻していた。


「いいかフェレ、火竜のブレスは連発しては撃てないんだ。一回炎を吐き切ったら、一分くらいは安全だ。だから身体強化で速度を上げて、ブレスを吐き終わるまで徹底的に逃げるんだ。そしてブレスが止まったその時に、『あれ』で決める。頼むぞ」


「……大丈夫、リドができると言ったんだから、私は……できる」


 その瞬間二体の火竜が若干の時間差をつけて炎のブレスを激しく吹き付けてきた。フェレは素早く後退する。火竜はゆっくりとその首を振りつつブレスを掃射してフェレを確実に捉えんとするが、元来の敏捷性に身体強化魔術が加わったフェレの動きの方がわずかに早い。フェレはギリギリのところでブレスを躱しては、次の瞬間に方向転換することを繰り返し、火竜に狙いを絞らせない。やがて二体の火竜がブレスを一旦吐き終わったことを見て取るや、深く息を吸って精神集中する。


「……『氷結』っ!」


 その瞬間フェレの身体が蒼く輝き、その掌を向けた先の火竜二体に異常が起こる。手足の先端から皮膚の表面に霜が付着し、関節の動きが止まっていく。フェレの氷結魔術が火竜をも凍結させようとしているのだ。


 しかしさすがに鴨とは質量が数桁違い、すぐには凍らない。フェレのこめかみに汗が流れ始める。完全に凍結させる前にブレスのクールタイムが終わってしまえば、形勢逆転されてしまうのだ。フェレは大きな目をさらに見開き、身にまとうオーラを全力で輝かせた。


 火竜も、小癪な魔術師と時間の競争であることは理解していた。威力が不十分であっても、可能な限り早くあの小娘にブレスを吹き付けねばならない。必要な「気」を貯める間ももどかしく、二体の火竜はブレスを吐こうとした。


 が……その時にはすでに、凍結が首の半ばまで至っていた。いつもより威力の低い炎の発動はできたものの、フェレに狙いを定めることができない。フェレは必勝の確信をもって全力で「氷結」を浴びせ続ける。


 やがて二体の火竜は完全に凍結、一体はそれでも無理に動こうとしたためバランスを崩して倒れ、凍ってもろくなった首が割れ崩れている。火竜に、勝ったのだ。


 全力を出しきったフェレも、さすがにその場にへたり込む。


 ファリドは横目でフェレの完全勝利を確認すると、一気にクーロスとの距離を詰める。


―――今までは火竜二体の制御に一定の集中力を割いていたはずだが、竜が失われればその分は直接攻撃魔術に振り向けることができる。そうなる前に決着をつけねばならない。


 クーロスはやや慌てつつも、短い詠唱で発動できる電撃や火炎を撃ってくるが、ファリドは突進をやめない。


―――短詠唱の魔術は威力も低い、致命傷にならないはずだ。多少魔術を喰らって傷ついても今は間合いが大事だ。いくぞ!


 頭を下げた姿勢で、一直線に走る。炎が背を焼き、電撃の衝撃が頭をぼうっとさせるが、止まったら負けだ。苦痛で足がもつれそうになるのに必死で耐える。そして……そのままの姿勢でついに相手の腹部に体当たりした。魔術は天才でも肉弾戦は鍛えていなかったであろう、クーロスは無様に倒れた。


―――よし、勝った!

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