第57話 妹の行方は

 副都から四日の旅を経て、二人はようやくフェレの故郷の村、メフリーズに到着した。


 ここまで急がないように、平常心でとファリドはフェレに言い聞かせ続けていた。道中待ち伏せを受ける可能性は大きく、慎重に進まないと初撃で致命傷を受けてしまうからだ。ここ数日フェレはそれを愚直に守っていたのだが、村が見えるとたまらず馬に鞭を入れ、館に向かい緩やかな坂を一気に登って行った。ファリドも後を追う。


 フェレは、馬をつなぐのももどかしく、館に飛び込む。


「……アレフはっ?!」


「誰っ! ……ああ、フェレ!」


 出てきたのはフェレの母ハスティだ。右手にシミター……同じ片刃の刀でもフェレやファリドが扱うシャムシールより刀身が短いもの……を構えているその状態が、すでに「何かあった」ことを物語っている。


「……やっぱり、アレフは……」


「そう……知っているのね。さらわれてしまったのよ。村に魔物が押し寄せてね……まあ、そっちは小鬼が中心だったから、ダリュシュが村の男を指揮して撃退できたんだけど……男たちが出ている間に、アレフが」


「小鬼か……クーロスが使役魔法で引っ張ってきたんだな……」


「クーロス? もしかしてそれが、あなた達を狙っている奴なのね?」


「おそらくは。申し訳ありません、俺とフェレだけで済まず、アレフまで危険にさらしてしまいました……」


「悪いのはそいつ……クーロスとかいうやつよ。あなた達が気に病む必要はないわ……でも、アレフを、取り返しに行ってくれるのよね?」


「もちろんです」 「……行く」


「本当は、あなた達に無理をしてほしくない。だけど……もうあなた達しか頼れる人がいないのよ。だからお願い、アレフを助けて……」


 ハスティの表情が崩れる。病弱ゆえに溺愛してきた娘が失われるかもしれないという、言い知れない不安に耐えてきたハスティの緊張の糸が切れ、涙が溢れ出す。


「……大丈夫、必ず、連れ戻す……」


「うん、うん……」


「全力を尽くします」


 さすがにファリドは「必ず」とは言えなかった。状況は圧倒的に不利だ。人質のいる状態で、おそらく相手の得意なフィールドで戦わねばならないのだから。


 二人に勝つ望みがあるとすれば……フェレが魔術師として見違えるようにスキルを伸ばしていること、そしておそらく相手はそれを知らない、ということだ。今のフェレなら、火竜を引っ張り出してこられても、互角に戦える……たぶん。


 その時、門の方からガタガタっと騒がしい音がしたかと思うと、父ダリュシュが息を切らせながら飛び込んできた。


「フェレ! よく戻った!」


「あなた、巡回に出てたんじゃありませんの?」とハスティ。


「村の者が、馬に乗ったフェレを見たと教えてくれてな、急いで戻ったのである。うむ、元気そうでよかったのである」


「……うん。本当は死んでるはずだったけど……リドが助けてくれたから」


 さらっと言い放つフェレに、ダリュシュとハスティが絶句する。


「いや、まあ……『これ』のおかげで何事もなく済みましたから」


 ファリドが揃いのピアスを指してフォローする。


「本当に、フェレが危なくなったら教えてくれましたよ、『これ』が」


「そうか……その魔具は真に『つがい』にならねば発動しないのである。フェレと婿殿の心が深く繋がったゆえであるな。身体の方も、もう済ませたのであるか?」


「いや、それはまだ……」


「ふむ、『まだ』であるか。まあ、『じきに』であるな」


「ふふっ、そうね」


 軽口が戻ってきた。フェレが戻って、夫婦とも少し気が晴れたのであろう。


「ごほごほ……それはともかく、アレフの件、何か手がかりになるようなものは?」


「うむ、それがまったくないのである。使用人の話では、アレフを連れ去ったのは薄青色の髪を持つ男と、もう一人覆面をした者だというのである。それだけでは……」


「やはりクーロスだ。しかも、協力者がいる……」


「……行こう、王都へ」


「ああ、行こう」


「まあ……二人とも待つのである。腹ごしらえくらいして行っても、敵は逃げないのである」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 勧められるままに昼食をフェレの館でとった後、再び騎乗して王都に向かう二人。


 今回も村人がわらわらと集まって見送ってくれる。


「アレフ嬢ちゃんを取り戻してくんろ!」

「婿さん、男だったらフェレ嬢ちゃんを守るんだぜ!」

「フェレ嬢ちゃん、また綺麗になったわね・・乗馬姿がかっこいいわ」

「必ず帰ってくるんだよ!」


 このトラブルを持ち込んだのはある意味この二人であるのだが、そういう皮肉な見方をする者はだれもいない。本当に素直で良心にあふれた人々なのだ。


―――この人たちの期待に応えないとな。


 フェレは馬上で背筋を伸ばし、薄い胸を張って颯爽と進む。少し伸びたボブの黒髪が風になびき、毛先にかけて複雑な青色に変わるグラデーションが陽光を反射する。その姿は、ファリドから見ても凛々しく素敵だ。


―――そうだ、俺はフェレのために戦う。そして、勝つ。勝ったら……。

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