第55話 告白しちゃった

 副都のギルドは街のやや西外れにある。


 以前は中心街にあったが、帝国との戦役後ここに移設された。帝国が攻めてくるであろう方角に、大陸共通組織であるギルドの支部を置くことで、心理的に攻めにくい状況をつくろう、ということらしいのだが、ファリドに言わせれば極めて姑息な手段だ。


 ギルドでの用件は馬車の返却と、魔石の売却だ。大きな街の支部であればどこでも馬車の「乗り捨て」ができる仕組みは、魔術による通信手段に費用を惜しまないギルドならではの便利仕様である。交渉が必要ない馬車の返却をフェレに任せ、ファリドは魔石の買取交渉だ。今回はネーダの村でスライムを含めた魔物を何体か倒しているので、買取金額は二十五ディルハム、手取りも十五ディルハムとちょっとした収入になる。


―――うん、粘って交渉した甲斐があった。フェレに美味いものを食わせてやれるなあ。


 しかし、そのフェレが一向に帰ってこない。馬車が傷ついたとか何とか難癖をつけられているのかと心配し、厩舎に出向いてみるが、フェレはいない。


 もしやと一般の受付カウンターに戻ってみると、フェレが傍らのベンチに呆然と座っていた。ラピスラズリの眼からは生気が失われ、その視線は虚空を漂っている。


「おいフェレ、どうした?」


「……あ、リド……」


「どうした、何があった?」


「……あ、あっ……うぅ……」


 焦点が定まらない眼から、涙があふれだす。


「だから、どうしたっての!」


 フェレの手には紙片が握りしめられている。取り上げるとそれはギルド電信だ。大陸全土を飛び回るギルド組合員に連絡をとりたい場合、電信をどこかの支部で打つと、通信専任の魔術師が全支部に伝達、対象メンバーがどこかの支部に顔を出せばメッセージが渡されるという、実に便利なシステムだ。もとはギルドが金融業を営むために構築した魔術通信網を、利用したものである。高価なので重要な案件にしか利用されないが。


「見せてみ? ん?」


◆◆イモウト アズカル オウト ギルドデ レンラクマテ◆◆


―――しまった。相手を自分の有利なフィールドに無理やり引きずり込むには、人質が一番てっとり早いことはわかっていたのに。俺は身寄りがなくて気楽な立場だから、抜かってしまった……


「……う、ア……アレフの、アレフのために頑張ってきたつもりだったのに……私が、冒険者だってことで、かえってアレフを……」


「フェレのせいじゃない、奴が狡猾なだけだ。それがわかっていたのにフェレの家族まで気が回らなかったのは俺が悪い……だけど、今はそういうことを言っている場合じゃない。奴との対決が避けられないなら、必ず勝つんだ。奴の指示に従って王都には行かざるを得ないが、『あれ』を完成させるんだ。『あれ』がなかったら奴の使役する火竜には勝てない」


「……でも、でも……」


 ファリドはフェレの両頬を自らの両手で挟み、その顔を自分に向ける。ラピスラズリの瞳は不安に揺れ動き、あふれる涙は止まる気配もない。ファリドが瞳を合わせて強く見つめると、視線の乱れは徐々に落ち着いてくるが、涙はますます溢れてくる。


―――こいつ、こんなに弱々しいヤツだったか?


 これまでのフェレは不器用で、大雑把で、自分に無頓着で……まさに「残念な」魔女だったが、たくましく、目的に向かって一直線だった。それが「目的」であるアレフを失いそうになったときに見せたこの弱さは……


―――ヤバい。俺……こいつを守りたい。


 ファリドは初めて、フェレに対して胸が締め付けられるような感情を持った。そして……こらえきれずフェレを引き寄せて、脂肪の薄い上半身を力一杯抱き締めていた。


 自らの腕におさめてみればその身体は細く頼りなく、よく八年超も一人で戦ってきたと感慨が湧いてくるとともに、愛しさが募る。ファリドの腕に一層力がこもる。


「……リド……苦しい」


「フェレ、好きだ。大好きだ。好きだから失いたくない」


「……」


「一緒に戦おう。俺は英雄でも勇者でもない弱い男だけど、全力でフェレもアレフも守るよ」


「……ほん、とに?」


「え? 何が?」


「……リドが、私を……好き?」


「本当だ、好きだ。最初は妹みたいに可愛いと思っていたけど……今は、一人の女性として好きだ。たぶん、愛……してると思う」


 フェレの眼から新しい涙が溢れる。これまでの涙と違う意味の涙が。


「……うん……私も、リドが好き。私と一緒にいてもいいことなんかないのに、何でも教えてくれて、助けてくれて……私だけじゃなくて、家族にも、村の人にも……優しいリドが、とっても好き」


「フェレも、俺を、好き……?」


「……そうじゃなかったら、右耳にはピアスを着けないよ」


 ファリドは左耳、フェレは右耳、揃いのデザイン。このピアスの着け方は、アフワズ……フェレの故郷では貴族の夫婦が行うやり方だ。フェレは当然それを知っているはずであった。


「嬉しい、嬉しいよフェレ」


 フェレの薄い唇に、勇を鼓して自らの唇を近づけんとしたファリドであったが……


「えっへん……一応ここは公共の場所でありますからして、その程度で抑えて頂けると?」


 若い女性のギルド職員が、ためらいがちに声を掛けてくる。ふとファリドが気づくと、数十人の冒険者達が二人の成り行きを食い入るように見つめているところであった。職員は続ける。


「もし、お若い情熱がどうしても抑えきれないようでしたら、本日はギルド宿に空室がございます。『ご休憩』は三十ディナールですが、いかがでしょうか?」


 ファリドもフェレも、ゆでダコのように赤面した。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「お若い情熱」を何とか抑え込んで・・


 アレフの問題をどうするかが、二人の恋愛問題より明らかに深刻である。二人は一旦血がのぼってしまった頭を紅茶でさましつつ、どうすべきか話し合った。とはいえ、いつも通りファリドが提案し、フェレがうなづくだけであるが。


 まずは敵の要求通り、王都のギルドで連絡を受ける以外の選択肢がない。こちらからクーロスにコンタクトする手段はなく、奴にはアレフという切り札があるのだから。但し本当にアレフが誘拐されているのかどうかを、確かめる必要がある。半日程度王都への到着は遅れるが、フェレの村メフリーズにいったん戻り、父ダリュシュらに子細を聞かねばなるまい。


 そして最終的には、奴の指定するフィールドで、戦わねばならないだろう。奴は火竜すら使役する高位魔術師だ。おそらくクーロスが全力で召喚した魔物の群れと、ご対面になる。


 それらに対抗して戦う力は……とても足りない。ファリドの刀術は「戦士が十人いたら、安定の二番目」程度である。知恵を合わせて戦っているから生き延びられているだけで、竜種と戦える腕前では、ない。ファリドの役目は適度に敵の眼をひきつけつつ、適切なタイミングでフェレの魔術を使わせることだけ。


 フェレの魔術は、故郷の村での鍛錬で豊かになった。「砂の蛇」「赤い蛇」「水の蛇」そして「真空」。どれも大したものだが、使いどころを選ぶ魔術だ。高位の魔物を相手にするには、もう一手、いや二手欲しい。


「だから、『あれ』を是非に使えるようになってほしいんだが」


「……うん、イメージは、出来るようになってきたんだけど」


「難しいのはわかってる。俺だって本で読んだだけの知識だからな、フェレには負担をかけてる。でも……フェレならできる、必ずできる」


「……うん、私は……できる。リドが出来ると言ってくれたんだから、私は……できる」


 ラピスラズリの瞳が輝き、そしてなぜか少し潤んだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 王都への街道はギルドの馬で行く。馬車より早く、街道を外れても機動的に行動できるためだ。馬車と同じ仕組みで、王都のギルドで乗り捨てればよい。


 フェレは青毛の……いわゆる黒馬にまたがっている。


 乗馬を意識して揃えた細身のボトムが、長い脚にフィットしてまぶしい。背筋がキリっと伸びた乗馬姿勢が美しく、後方から栗毛馬に乗ってついていくファリドはいっとき見とれてしまう。好きだと自覚して、口に出してしまったことで、フェレが何をやってもカッコよく、素敵に見えてしまうファリドである。


―――いかんいかん、色ボケしている場合じゃない。まずフェレの村へ急ごう。


 王都の南にあるフェレの村まで馬で……乗り潰すわけにはいかないから全力では走れないし……四日。野営してもそれほど早くならず、荷物はかえってかさむことになるので、基本は宿場泊まりだ。


 これまでと同じく、二人で一部屋。互いに思いを伝え合った後であるから、同室の意味が今までと違って意識されてしまうのは致し方ないことであろう。しかし、フェレの妹への強い思いを理解してしまっているファリドは不埒な行動に出る気にはなれず、フェレ自体は副都での告白などなかったかのように淡々と振舞っている。どうも二人の関係は一気に進展……とはいかない模様であった。

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