第54話 副都に向かおう

 翌朝。副都に向かうフェレとファリドを、村人たちがほぼ総出で見送った。


 だまされていた自分達について多少複雑な思いはあるにせよ、真実に気付かせてくれた彼らに向ける感謝に、嘘はない。


 村に当面残るアリアナとネーダが一番前で見送る。


 ネーダは昨日こそ許嫁がスライムにとり殺された衝撃で打ちひしがれていたが、表面上はいつもの快活な様子を取り戻している。眼は、まだ少し赤いけれど。


「……ネーダ、気を落とさないで」


「うん、大丈夫だよ。ありがとうフェレ。落ち着いたら……会いに行く」


「フェレさんたちは、副都のあとは、三都に戻られるのですか?」 とアリアナ。


「……ん? リド、どっちに行くんだっけ?」


 フェレは、行先も全部ファリドにお任せで、関心がないらしい。


「ああ……副都で馬車を返したら、一旦は三都に戻らないといけないだろうな。あのギルド宿を本拠にしていたら何をされるかわからんから、どこか新しく部屋を借りないとな」


「うふっ。二人の、愛の巣ねっ!」


 ネーダが突っ込む。


―――何を言ってるんだこいつは。


「ネーダ、気が早いですよ。『そういうこと』は、お二人の気持ち次第です。まあどう考えても、なるようになるはずなんですけどね……」


 アリアナが、したり顔でネーダを諭す。


―――なんで、みんなそっちに話を引っ張るんだよ!


 ファリドが二人からからかわれている間、フェレは不思議そうに眼をぱちくりしている。すでに同室で寝むことに関しては、フェレにとって当たり前のことになっていて、特別な何かを感じることはなくなっている。ファリドにとってはそうもいかないのだが。


「はいはい、もう行くからな!」


 ファリドがこの雰囲気に耐えかね、出発を告げる。


「あ……ファリドさん」


 ネーダが呼び止める。どうしても言いたいことがあるようで、ファリドの耳に口を寄せる。


「いろいろごめんなさい、ファリドさん。あなたは私を嫌いよね。でもフェレが好きだから私を許してくれているのよね、ありがとう……でね、一つだけ、お願いがあるの。フェレに、『好き』って言ってあげて」


「え? あ?」


「あのね、フェレは残念な子、空気が読めない子。直接言葉にしないとわからない子なの。だから、好きって言ってあげて。そしたらきっとフェレはすべて……身も心も・・命だってファリドさんに捧げるはずよ」


 一方的に言いたいことを言ってしまうと、ネーダはニヤニヤ笑いながら村人の中に戻っていく。


「残念な子」扱いされたフェレは、満面の笑みでネーダに手を振っていた。


―――おいちょっと待て。俺の気持ちの確認は無しか? 


 自分がフェレを「好き」なのか、自覚できないファリドである。「可愛い」と思っていることは間違いないのだが、それは男女の間の感情と言うより、妹を眺めたり、ペットを眺めたりする「可愛い」のような気がするのだ。


 他人のことは明晰に分析できても、自分のことははっきりしないファリドである。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ネーダの村から副都までは馬車で一日。朝に出かけた二人はまだ陽が高いうちに副都に到着した。馬車が空荷であったため移動が速かったのだろう。


 副都アスタラ。


 旧王国の首都であり、現王国になり政治の中心が王都カラジュに移った後も、王国最大の商業都市として繁栄していた。いた、という微妙に過去形な表現は……十年前の帝国との戦火が副都まで及び、多くの人命と財が失われ、未だ完全復興とは言える状況にないからである。


 ふと馬車を停めたファリドが、商業地の一角を少しの感慨を込めて眺めている。もとは大きな商館が位置していただろう広い敷地はいくつかに分割され、新しく小規模の商店が建ち始めているが空き地も目立つ。


「……ここは?」


 ファリドの様子に不審を抱いたフェレが尋ねる。


「ああ、俺が育ったところ」


「……あ……戦役で焼けた……」


「うん……」


 しばらく無言の二人、やがてファリドが馬に鞭を入れ、ゆっくりとその場を後にする。


「……お父さんやお母さんもその時?」


「ああ。俺だけ叔父の家に行ってて無事だったけど、両親と祖父、妹と弟……全部殺されて、店は徹底的に略奪されたあげく、火をかけられたってことらしい。帝国の正規軍だったらそんな無体は働かないんだが、ウチに来たのは傭兵隊、しかも二ケ月給料未払いで気が立っている部隊だったみたいで……運が悪かったんだな」


「……そうか……ごめん」


「何も謝ることはないさ。もう十年前のことだし、気持ちは整理できてる。ただ、近くに来ると、なんとなく……ね」


「……故郷に来たんだったら、会いたい人とか、いないの?」


「いない、かな……。世話になった叔父は病気で亡くなってしまったし。子供の頃の知り合いったらマリカくらいだが、あいつは王都の服飾店だからな……」


「……そっか……」


「別に寂しいとか思わないけどな。だけど、フェレの村に行ったときは、にぎやかな両親に可愛い妹、おせっかいな村の人達……こういうのを幸せって言うのかなあと思ったな。フェレが帰りたくなる気持ちがよくわかったよ」


「……うん、幸せなんだ。リドだって、もう家族みたいなもんだよ?」


―――「婿殿」扱いは、ちと困るんだがなあ。


「ありがとう。また、行こう」


「・・・うんっ!」


故郷の話をするとき、フェレはいつも満面の笑みだ。

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