第52話 村人を説得しよう

 代官屋敷を訪ねた四人は客間に招かれた。丁度ネーダの父でもある村長が代官を訪ねていた時であったため、説明の手間が一回で済むことが幸運であった。


 二人が最も信用するであろうネーダが、なるべく順序だてて、理路整然と根拠を示すよう……本来そういうしゃべり方が不得意な娘なのだが……努力しつつ、サイード師なる人物がクーロスという使役魔術の遣い手であろうこと、そして村への一連の魔物襲撃が彼の自作自演であろうことを説明していった。


「と、いうわけなの。私は、サイード師のおっしゃることを信じて伯爵様に毒を盛ってしまった。そして、アリアナ様を脅迫し、最後はこの人たち……ファリドさんとフェレさんの命まで狙う過ちも冒してしまったの。これだけやれば、本当は私、今頃縛り首よね……だけど、アリアナ様は許して下さると。この村をサイード師……いやクーロスの支配から解放すればと。私は……アリアナ様と、フェレさん達を信じているの」


「む……確かに、こんな村に魔物が急に現れたことはおかしいと思っていたが……」


 代官が戸惑っている。


「ネーダ、お前は真っ直ぐすぎる娘だ、逆にその人たちに騙されてはいまいな?」


 ネーダの父である村長が、厳しく問う。


「私も、一生懸命考えたの。サイード師がこの村の領主である伯爵を害そうというのはわかるけど、村とは何の関係もないフェレさん達を殺せという指示をするのは、どう考えてもおかしいの。他の指示も、関係のない冒険者たちを陥れるものばかりで……ファリドさんが教えてくれたカラクリでしか、説明できないの」


「確かに……多数の冒険者を巻き込む理由はない。むむ……代官様はどうお考えで?」


「うむ……。我々は……たばかられていたとしか考えられないな。アリアナ様……代官として伯爵家を擁護せねばならない立場でありながら、魔術師何某にだまされ、あまつさえ伯爵様に害をなしてしまったこと、万死に値します。お許し願えないこととは存じますが、どうか処罰は私一人に……」


 さすが代官は明晰に経緯を組み合わせ、真相がどちらであるか確信したようだ。真っ青な顔色で頭を垂れている。


「私とて伯爵の御身は心配……胸も張り裂けんばかりです。でも、だまされたあなた方を害しても、状況はひとつも良くなりません。どうか二人とも、私とこの娘を信じて、村から毒虫……クーロスなる邪道魔術師を排することに力を貸してください」


 アリアナはネーダとは対照的に、あくまで冷静に説いてゆく。やがて代官と村長はアリアナに平伏した。


「わかりました。村民たちへの説明は、我々にお任せください」


◇◇◇◇◇◇◇◇


「突然サイード師がインチキだと言われたってなあ……」

「しかし確かに、師の命令はよく考えれば筋が通ってねえ。代官様の説明の方が、納得できるわな」

「ネーダは嘘を言うような娘じゃねえ。口の減らない娘だが、バカ正直だ」


 村の中心にある広場に集められた村人に、代官と村長が真相を説明する。


 これまで救世主と崇め奉っていたサイード師を、突然人殺しだの詐欺師だのと手の平返しをしたのであるから、村人たちは皆戸惑いを隠せない。


 しかし、ネーダを証人として、代官と村長が丁寧に一つ一つ疑問を解き明かしていき、領主の正妻であるアリアナも自ら訪れているとあっては、全体としてサイードが自作自演を行っていた、というストーリーに納得する者が大多数になりつつあった。


 と、一人の若者が前に出る。


「おいみんな、忘れちゃいないか? 俺の目の前で食い殺されそうになった小さい妹を救ってくれたのは誰なんだ? 鍛冶屋の一人娘を襲ってた牛頭魔人を倒してくれたのは誰なんだ? 領主の奥方でも、この怪しい冒険者たちでもなく、俺達を助けてくれたのはサイード師だ! サイード師が魔物を呼んだって? 何の証拠があるんだ? こいつらは推定、いやサイード師を陥れるための仮定をしゃべっているだけだ。俺はサイード師を信じる、みんなだってそうだろ? なあ!」


 よく通る声には不思議な圧力があり、それを聞いている村人がざわつき始める。若者が演説を続けるとともに、ファリド達への敵意が増してくるのが判る。


―――これは、悪い流れだ。だが、ここでよそ者の俺達が口をはさむのは、逆効果だが……


「あいつは……?」 


 ファリドが村長に尋ねる。


「アルサランと言ってな。ネーダがお屋敷に上がることが決まる前は、あやつと妻合わせるつもりであった。無口な男のはずだったが……」


 アルサランの演説は続き、村人たちはさらに騒ぎ出す。興奮した村人の一人がフェレの腕をつかんで引き倒そうとする。フェレは身体強化を使って抵抗することもせず、広場に膝をつく。別の一人がフェレの脇腹を蹴り、その端正な顔が痛みにゆがむ。やむを得ずファリドがシャムシールを抜かんとした時、


「待って!」


 ネーダがアルサランに歩み寄る。


「ああネーダ、良く帰ってきたね。こんなペテン師どもはさっさと追い出して、俺と暮らそう」


 しかし、ネーダの表情は硬い。


「あなたは、誰? アルサランの姿をしている、あなたは?」


「何を言っているんだネーダ、俺はお前の許嫁、アルサランさ」


「違う!」 ネーダは叫ぶ。


 異状に気付いたファリドは、いつもつけているペンダントを……かつて戦場で老師にもらった魔除けだ……外して、アルサランという若者に向かって投げつけた。


 しずく型のペンダントは若者に触れた途端に四散したが、若者はその擬態を失い、上半身から溶けるように崩れて粘液状の正体を顕した。


「ネーダ離れろ!」


―――くそっ。スライムか。これは厄介だ……


 ファリドは、連続して小刀を魔物に向かって投じていったが・・

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