第51話 村を解放しよう

 ファリド達四人の一行は、やがてタブリーズ伯領に入る。ネーダの村はもう近い。


「村に入ったらネーダとアリアナさんに人々を説得してもらわないといけないわけだが……正面から入って多数の村人にいきなり話すのはダメだ。集団心理というやつが働いているからまわりの意向に引っ張られてしまって、それまでの考え方を変えさせるのが極めて難しくなるんだ。村人達に影響力の強い、少数のオピニオンリーダーに個別に接触して、そこから確実に取り込んでいかないといけない」


「だったら代官様と、村長……うちの父さんだけど……の二人ですね」 とネーダ。


「よし、夜になるのを待ってその二人に接触しよう。俺とフェレは付いていくだけだな、話しても村人には逆効果だろうから」


「私達だけで行った方が良いのでしょうか?」


「説得だけなら、そうかもな。だがクーロス本人が村にいたらどうする? もし不在だとしても、使い魔の数体くらいは置いているはずだ。護衛なしでは、中心人物への接触は難しいだろうぜ」


 馬車を村からかなり離れた雑木林に隠し、四人は街道を避け、徒歩で村に近づく。


「これ以上は近づけないな。最大の関心事はクーロスがいるかどうかだが……フェレ、奴の魔力を感じるか?」


「……私はすぐ隣で魔術を使われても、気付かない人なんだけど?」


「そうだったな、悪かった……う~ん、奴がいるかいないかだけは掴みたかったが……」


「多分……いないはずです」 


 ネーダが静かにつぶやいた。


「サイード師……クーロスは、いつも一羽の鷲を従えておられました。村にいる時には鷲が家々の屋根の間を飛び渡る姿がいつも見られたはずなのですが、今は飛んでいないようですから」


「鷲……そうか。多分鷲に見えているが、魔獣なのではないかな。奴はその鷲を第二の眼として使っているのだろう。そいつがいないということなら、確かにネーダの言う通り、出払ってる可能性が高いな。万一には備えるとしても、今夜潜入を決行しよう。それまではここの防風林で待機しつつ、どう説得するか打ち合わせるぞ」


「わかりました」「はいっ!」 


 アリアナとネーダが一斉に答える。


「……私は?」


「フェレは『万一』要員だからな。寝ててもいいぞ」


「……む~ん」


 口を尖らすフェレもなかなか可愛いと、頬を緩めるファリドであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 夏の陽が落ちるのは遅い。


 自分だけ指示を与えられずむくれていたフェレだが、本当に待ち時間に寝てしまっていた。かなりの大物である。


「おいフェレ、起きろ、行くぞ」 ファリドが揺り起こす。


「……ふぁ……うん」 


 フェレが小さなあくびをしつつ目を覚ます。まだ眼がとろんとしている。


 かなりの緊張を強いられていたネーダ達だが、フェレの呑気さに思わず笑いをこらえ切れず、くくっと小さく声を漏らしている。


―――まあ、いいんじゃねえかな、ガチガチになってちゃ、何もできないしな。


「じゃ、いくぞ。こっから先は声を出すなよ」


「……うん」「はいっ!」「わかりました」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ファリド達四人はできるだけ風下から、ゆっくりと村に近づく。


 クーロスの使い魔に魔獣がいた場合、風に乗って漂う人間の匂いに気付かれる可能性があるからだ。クーロスが使い魔を残している可能性は極めて高く、使い魔とどちらが先に相手を見つけ先制攻撃できるかが隠密潜入の成否を分けるだろう。


 フェレはこの点ではまったく役に立たず、ネーダとアリアナは素人だ。ファリドも夜目が利くわけではなく得意な役目ではないが、消去法で斥候を務めざるを得ない。先頭を切ってのろのろと前進しつつ、全身の感覚を研ぎ澄ませて敵の所在を突き止めんとしていた。


 と、村に唯一の鐘楼に、小さく赤い光がのぞく。ファリドはフェレを手招きで呼ぶと、指示した。


「あの鐘の右上、たまにチラッと赤い光が見えるはずだが、おそらく有翼系の使い魔だ。監視の役目なのだろうな。『真空』はこの距離でも届くよな、一回で無力化するんだ」


「……うん……んっ」


 一瞬だけフェレの身体が蒼く光ると、しばらく後に鐘楼の上から猫くらいの大きさの魔物が落下する。


「うまくいったが……フェレの身体が魔力で光るということまで計算に入れてなかった。気付かれて、ないよな……」


 手ばやく村に入り込む。身を低くして目的の代官邸にたどり着くと、屋敷の前に大型の犬が座っている。


「あれは犬ころじゃないな、魔狼だ。フェレ、『真空』でやれるな?」


「……できる」


 フェレは掌を魔狼に向け、強めに気合を入れる。フェレの蒼いオーラが強く輝き、魔狼がこちらに気付く。ファリド達に向かって牙をむくが、何故か急に苦しみだし、やがて気を失って倒れる。狼はさかんに吠えようとしていたはずだが、その声がまったく聞こえない。アリアナとネーダは何が起こったのか理解できず、眼を白黒している。


 これがフェレが「空気の粒」を自由に動かせることを利用してファリドが考えた上位魔術「真空」である。対象のまわりにある空気の粒を無理やり引き離し、空気が極端に少ない空間、ようは真空を対象の周囲に作り出すのだ。


 空気呼吸を必要とする多くの魔物は窒息して失神するし、音を伝える空気がないため声も出せない。即死させられないこと、植物系の魔物には効かないこと、などなど欠点はあるのだが、見張り役を静かに倒すには最強の魔術とも言える。


「よし、邪魔者はたぶんもういない。行くぞ」

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