第50話 風魔術も使えます

 時は三週間ほどさかのぼる。


 ここはフェレの故郷の村。フェレの微粒子を操る念動で「砂の蛇」の魔術を完成させた後、ファリドが要求した念動はフェレの理解を超えるものだった。


「いいか、今俺達が呼吸している空気は、細かい粒で出来ている」


「……わからない」


「とにかく、空気は細かい粒で出来ているんだ」


「……ファリドには見えるのか?」 


この時点では、まだ「リド」ではなく「ファリド」だ。


「もちろん見えない。古書から学んだだけさ。はるか古代では、空気は粒の集まりだってのは常識だったんだとさ」


「……む~ん」


「いきなり、空気の話は難しかったか。じゃ、霧でやってみようか」


 早朝であり、扇状地の頂点に位置する谷には、濃い霧が立ち込めている。


「……霧?」


「霧も、細かい粒なんだ。見てみな?」


 ファリドはシャムシールを抜き、濃霧にかざす。しばらくそうした後、刀身の側面をフェレに向けて、


「ほら、細かい水の粒が刃面に付いているのが見えるだろ?」


「……見えた」


「一個一個はものすごく細かい水の粒なんだ。これが集まると白い霧に見えるんだよ」


「……理解……できたと思う」


「よし、じゃあここにある霧を集めてみるんだ。粒粒の集まりだってわかったろ?」


「……うん、粒だ……粒なら……んっ」


 フェレは素直に魔力発動の気合を入れる。驚いたことに、見る間に二人の周囲の霧が晴れていく。そして数十秒後……谷を満たしていた霧はちょうど人の背丈ほどの直径をもつ白い球にまとまり、フェレの前で浮いていた。


「いきなりそこまでできるのか。これは驚いた、大したもんだ……なあフェレ、その球をもっと小さくできるか?」


「……簡単」


 白い霧の玉は徐々に小さくなり、やがて水の粒それぞれが独立を保てなくなり、凝集してフェレの手の平で液状の水になった。


「……ああ、やっぱり水なんだ……」


「わかったろ? 霧ってのは白い煙のように見えても、細かい水の粒が集まって出来ているんだ。同じように、空気も粒で出来ているのさ、目には見えないんだけどな。粒の集まりだとフェレが意識できれば、空気も動かせるのではないかなと思ってなあ……まあ、ちょっと難しすぎたか」


「……ファリドが言うのなら、それを信じる。そう決めたから」


 フェレは瞑目して、ゆっくり深く呼吸する。ファリドの言う「粒」を確かめようとするかのように。


 ……そして二十分ほどそのまま瞑想を続けたのち、内眉をわずかに上げながらフェレがようやく口を開いた。


「……わかった……ような気がする。確かに、ものすごく細かい、ものすごくたくさんの粒が私達を取り巻いている。これを動かせばいいんだね?」


―――え? マジか? 本当にできるのか?


 だがファリドは「できるのか?」とは聞かない。あくまでフェレは褒めて伸びる子。「フェレならできる」と言い続けないといけない。


「よし、じゃあ、このへんの空気の粒をまとめて、東から西に向かって動かしてくれ」


「……できると思う、見てて……んっ……」


 いつもの蒼いオーラがフェレを包んで数秒後、かすかに……本当にかすかに東から風が吹いた。そしてそれは徐々に強さを増し、やがて立っていられないほどの突風となった。


「……どうだった?」


「これは……すごい、フェレはすごい。これは王宮魔術師が国家間戦争で漸く使うレベルの術だ。俺が言ったぼんやりしたイメージで、ここまで短時間でできるとは……」


「……頑張った。それに、ファリドを信じてる」


―――そこまで言われると面映ゆいが、これだけではまだ足りない。もっと強くなってもらわなければ。


「よくやったな……これで、フェレは空気を動かせるってことがわかった。これを応用して、いくつか戦闘用の魔術を構築していこう」


 こうして出来た空気魔術の第一号「烈風」が、小鬼の弓矢を封じた風であった。

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