第42話 アリアナの告白

 私はアリアナ。ご存知の通り、タブリーズ伯爵夫人よ。


 伯爵と結婚して、もう十七年。夫は私よりも二十二歳も年上、父と呼んでもおかしくない年の差があるのだけれど、やさしく包容力があり、いつも冷静沈着で的確な判断のできる、とても尊敬できる人。私の父は騎士階級だったのだけれど、士官学校で同級だったというので、身分は大きく違うのに家族ぐるみで親しくお付き合いをさせていただいていた間柄だった。


 私の少女時代は、淑女などというものにはとても遠いお転婆だったのだけれど、伯爵はきっと、自分の娘のような気持ちで暖かく見ていてくれていたのだと思う。


 だけど少女の私は、どうしようもなく愚かだった。騎兵隊の若くてたくましい血気あふれる平民下級士官と、親の許すはずもない身分違いの恋に落ち、夜な夜な館を抜け出しての逢瀬……そして私が身体の変調に気付いた時には、その士官はあっさりと戦死してしまっていたのよ。突撃する際の戦意はすばらしいが冷静な状況判断が出来ない人、というのが後々聞いた彼への評価だった。


 いきさつを知った父は激怒したけど、私と、生まれてくるであろう子供の将来を懸念して、大いに悩んだみたい。そして、その懊悩を打ち明ける相手は・・若き日の盟友であるタブリーズ伯しかなかった。


 伯爵は少し考えて、


「それなら、私の後妻に来ればよかろう、アリアナさえよければ今すぐに」


 さらっとそう答えられたそうよ。私のお腹にいる子供のことは、


「私の子にすればよい。うちには他に子供がいないからな」と。


 伯爵は五年前に奥方様を亡くされていて、お一人だった。亡くなった奥方様との間には子供がなく、伯爵家は後継ぎがいない状態だったのね。そんな状況だったから伯爵は子供が欲しかった、というのはわかるんだけど、身分違いの女と、平民の男との間にできた子を、さらっと跡継ぎにしようなんて言えるのは、すごい人よね。やっぱり父との信頼関係が、本当に強かったんだと思う。


 そして私は、タブリーズ伯に嫁いだわ。平民の子を孕んだままで。


 夫は……伯爵はとても、とても優しかった。他の男の子を宿している女だというのに。やがて私の妊娠が伯爵家の者達に伝わって、館は歓喜に包まれた。これでお家も安泰ですと、家令が涙を流しているのを見ると、さすがに良心がとがめた。でも、もう私はこの道を進むしかなくなっていた。やがて私は子を産んだ・・元気な男の子を。


 伯爵は本当の自分の子が生まれたかのように、素直に喜びを表してくれた。私の良心はまた痛みを感じたけれど、その頃には伯爵家の複雑な事情も飲み込めていたから、夫が単なるお人よしではないのもわかっていた。


 子がなかった伯爵が家を存続させるには、養子をとって爵位を継がせる必要があった。そこに愚かな先代の国王が余計な口を出し、バルドシール伯の三男を養子にするのが良いと強く勧めていた。夫とバルドシール伯は極めて不仲だとわかっているのに。バルドシールが裏で手を回しているのがわかっていたけど、愚かな国王でも王は王、面と向かって逆らうのは難しいわ。なんだかんだと養子縁組を引き延ばしていたのもそろそろ限界になり始めていたところに私の妊娠騒ぎがあったので、宿敵の一族に家を渡すよりは盟友の孫を跡継ぎに、という発想に至った面もあるわけね。もちろん、そんなドロドロした動機より、私とその子供を幸せにしたいという思いの方が、ずっと強かったようなのだけれど……


 でも、表向きは伯爵の子として私の息子……アーラードが生まれたことで、意に染まない養子縁組の話は立ち消えとなった。そして夫は、自分の子ではない……とわかっているのは私と父と夫だけなのだけれど……息子を本当に慈しんでくれた。優しくも厳しく接し、伯爵家の跡継ぎとして恥ずかしくない教養と武芸を身に付けさせ、何も知らない息子は、夫を理想的な父として敬愛し、立派に育った……この間十六歳になったわ。


 そして、半年前にそれは来た。夫が突然の病に倒れ意識もあいまいになり、うろたえる私に届いた匿名の封書には息子の出生のいきさつが克明に記されていて、それを世間に公表されたくなくば、手紙の主が与える指示に従えと。


 私に選択の余地はなかった。私が伯爵をだまして平民の子をタブリーズ伯爵家に入れたと騒がれれば、伯爵家をバルドシールに奪われることになりかねないから。


 それを待っていたかのように、侍女のネーダが本性を現したの。彼女はおしゃべりで明るい、館の人気者だった。でも、そのネーダが、手紙の主から命令を伝える役目を帯びていたのよ。


 命令は、ギルドに対して、見かけ普通の依頼を出すことだった。辺境の遺跡にあるという素材を収集してくる、というような実にまっとうなもの。しかしその依頼を受託した特級パーティ「宵の星」は火竜によって全滅させられた。その他二つの依頼を命令されたとおりに出して、いずれも「受託者死亡による失敗」という通知がギルドから来たわ。


 そして最後に、三都から二名の護衛を雇い入れて王都まで旅をせよという命令……あなた達が一ケ月前に受けた依頼ね……があったわ。あんなに直接的な襲撃を受けるとは思わなかったけれど。いずれにしろあなた方は、私の依頼を受けて壊滅しなかった、初めてのパーティよ。


 そして次の命令は、もう一度あなた方を指名依頼で三都に連れて行けと。さすがに露骨で、疑われると思った……やっぱり疑っているわよね。でもあなた方は依頼を受けた。関係のないあなた方が命を狙われるのことに心は痛むけれど、今の私には息子の将来と夫の意志を、守ることが第一なの。


 フェレさんがネーダに懐いていたのは危険だと、もちろんわかっていたわ。でも私はそれを告げることはできなかった。今更あやまっても仕方ないけれど、ごめんなさい。峠でのあの大きな襲撃をしのいだ……信じられないことにね……ことで、当面の危機は去ったのだと思っていた。まさかネーダがあのような直接的行動に出るとまでは、私も考えていなかったのだけれど……つくづく甘いわよね。


 これで私の知っていることはおしまい。残念だけど、もう息子のことも隠し通すことは難しくなったし、好きにしてちょうだい。もう、私が伯爵家にいる意味も、なくなったわけだから。

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