第40話 後始末もしないとね
「そういうわけですので、二つあるはずの盗賊団のうち一つの過半をここでつぶしたようです。峠越えはこれで格段に楽になるでしょうが、次の村ではちょっと検証やなんやらで足止めを喰らうことになるかも知れません。何しろ、盗賊とはいえ人を……殺し過ぎましたので」
ファリドが淡々とアリアナに説明する。
「わかりました。殺さずに済む方法はなかったのですね?」
アリアナも平静な表情だ。本当に貴族のご令室とは思えないほど、荒事にまったく動揺しない。
―――まあ、こうなることを予想していたんだろうしなあ、この伯爵夫人は。
「無理だったでしょうね。前回盗賊と戦った時より格段に相手の人数が多かったですから。そして今回相手の戦闘能力を奪った魔術・・ようは唐辛子ですが・・も、ものの一、二分で効果が切れてしまいます。素早く戦闘能力を奪う・・つまり殺すつもりでつぶしていかないと、あっという間に囲まれてしまいますのでね、数の暴力で押されたら俺もフェレもお手上げです」
「そうですね。理解いたしました。衛兵に事情説明が必要になったら私にお任せください。再三お守りいただいて、ありがとうございます」
「いえ、これが仕事ですから」
向こうではネーダがフェレに嬉々として絡んでいる。
「すごいですわフェレさん! フェレさんの刀術はすばらしいというのは良く知っていますけど、あの赤いミミズ? みたいな術には驚かされましたわ! あれで男どもがみんな戦えなくなってしまいましたものね」
「……ただの唐辛子だし」
「でも、あんなにいっぱいの粉をひとつにまとめて操るなんて、並の魔術じゃないはずでしょ?」
「……リドに教えてもらった」
「え? ファリドさんは魔術が使えないはずでは?」
「……リドは魔術を展開するイメージを教えてくれる。私はその通りできるよう修練するだけ」
「へぇぇ……あれ? フェレさん、ファリドさんがいつの間にか愛称呼びになってますねっ!」
「……うん」
「何かありましたね? ありましたね?」
―――その突っ込みはやめろ。何もしてないぞ俺は。
「……あったと言えば……あったかも」
―――こらフェレ、誤解を招く返しをやめろ!
「あらぁ~。おめでとうございますフェレさん! お二人はお似合いだと思っていたんですよね~、素敵だわあ、激しい命のやり取りの中、愛する者を信じて互いに背中を預けながら存在を確かめ合うなんて……ねぇアリアナ様もそう思われますよね?」
「そうね、素敵ね」
「……なにがおめでたいのか、よくわからない」
目の前であらぬ誤解が広がっていくのが自分の発言ゆえと気付かないまま、のほほんとしているフェレであった。まあネーダの絡みのおかげで、初めて人を……それも大量に……殺した衝撃からは回復したようだ。そこだけはこの頭の軽そうな侍女に感謝せねばなるまい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
次の街に到着した時分はまだ日も高く、その気になれば次の宿場まで行ける時間であったが、二十人以上の賊を殺害したのであるからさすがに公式の手続きが必要だ。領主館に申し出て、確認の衛兵隊が峠に確認に向かう間は足止めと相成る。
たった二人の冒険者が……それも上級冒険者とは言えない銅鷲級の……二十数人の賊を一掃したというのだからなかなか信用されないところであったが、アリアナの「伯爵夫人」という立場での証言がまたもモノを言い、待っている間の容疑者扱いは免れた。
「本来ならお忍びのまま三都に行くべきなのでしょうが、ご身分を明かさせてしまって申し訳ありません、アリアナさん」
「このような事態になってはやむを得ないでしょう。これで身分を隠していたら、本格的に怪しまれてしまいます」
「ご理解ありがとうございます」
まあ、この襲撃自体にアリアナが絡んでいる可能性が濃厚であるわけなので、発する言葉ほどはかしこまっていないファリドである。
この街の領主は騎士階級。同じく騎士の長女であるフェレは、そのクールな美しさも手伝って、歓待された。そもそも騎士階級の娘が冒険者などになるのが極めて珍しいケースであるから、領主の妻や娘からも何やかやと好奇心を向けられ、質問攻めにあっている。
あげくの果てにはお嬢様の剣技を拝見したいという所まで発展し、衛兵隊が帰るまで暇なこともあってファリドとの鍛錬を見せる羽目になった。フェレの刀さばきは相変わらず達人の域には程遠いが、軽い身体強化を使った動きの速度は領主たちをうならせた。
「うむ、このような速さをお持ちであれば、賊を二十人以上片づけてしまったというのも、うなづける」と領主。
「フェレ様、動きが優雅で素敵ですわ……」 と娘。
「フェレさんの能力も大したものですが、殿方……ファリドさんの手ほどきが上手なのでしょう」 と妻。
本当は、邪道というべき唐辛子パウダーの罠で無力化したことにより、あっさりと多数の敵を倒せているのだが、そこは説明しない。
―――あまり多くの人にフェレの魔術スキルを知られない方が良い。前回は棍棒しか使えないと思わせたことで成功して、今回は魔術なんか使えないと思わせたことで成功した。こっちの手の内を知られるのをできるだけ引き延ばさないと。もっとも、クーロスにはもう今回の唐辛子戦法の情報は抜けるだろう。もちろんアリアナのルートから。
好意に……主にフェレへの……あふれる領主一家から当夜の夕食と宿泊を供され、食後の茶飲み話でなごんでいる頃に、衛兵隊の早馬が帰って来て、概ねファリド達の申し立てが事実であることが証明された。
領主館は歓声にあふれる。兵士を派遣しても逃げられるだけで、これまで討伐の効果を上げられていなかった賊に対して大打撃を与えたのだから当然だ。それも、たった二人の冒険者で。
改めてファリド達は領主一家の賞賛を受け、旅の便宜を種々図ってもらえることとなった。盗賊討伐の賞金についてはこの街にギルド支部がないことから、領主名で証明書を作成し、それをアズナのギルドに提出すれば支給されるということであった。
―――冒険者というより、賞金稼ぎになってしまってるなあ……有難いけどさ。往路の討伐賞金は、ほぼ全部フェレの装備や衣服に消えたからな。
とりあえずは安心してフェレとアリアナに領主一家との懇親を任せ、自分は二交代の不寝番に備えてさっさと寝ることにしたファリドであった。
先を急ぐファリド達に配慮して、領主が事件の検証と書類作成を急いでくれたこともあり、翌日は昼過ぎに出立することが出来た。領主家族と衛兵、そして討伐のうわさを聞き付けた住民も含め三十人以上が見送る。領主の娘に懐かれたフェレが、馭者席から大きく帽子を振って応えている。キャビンの窓から身を乗り出しているのはネーダであろう。
―――さて、最大の仕掛けはクリアしたぜ、次はどう出てくる? 外道魔術師よ。そろそろ他人を使うんじゃなくて、自ら出馬してきて欲しいもんだな。
最終的に「ご本尊」を片づけないと、フェレとファリドに安寧は訪れない。そして首魁が出て来た時に戦うオプションは出来るだけ多い方がいい、そのために出来るだけ手の内を見せないようにするのがファリドが最も頭を痛めているところだ。
フェレの魔術は十分実戦級に達しているが、なにしろ一ケ月やそこらの特訓……それも魔術の専門家ではないファリドの指導で編んだ魔術であり、いかんせんバリエーションに乏しく、制約も多い。
最初に編み出した「砂の蛇」は国家間戦争でも使えるクラスの威力があるが、均一で細かい砂粒が大量に得られる河原や砂漠でしか使えないのが泣き所である。基本的にフェレの魔力制御能力は、初歩の初歩というべき身体強化を除いたら「粒を動かす」ことのみ。一ケ月の間その「粒」の種類を増やすことに腐心してきたファリドだが……
―――せめてもう三ケ月くらい、時間があったらなあ。
という思いが偽らざるところだ。ファリドは深いため息をついた。
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