第38話 アリアナさん、怪しすぎます
「ご指名にあずかりありがとうございます。これほど早くリピート頂けるとは思っていませんでしたが」
出発前日の打ち合わせ……の席である。何しろ真意が疑わしいこの護衛依頼に、ファリドの口調が慇懃無礼になってしまうのも、やむを得ざるところであろう。
「申し訳ありません、非公式にアズナに向かわねばならない状況がまた生じました。先般お二人のお仕事が安心できるものでしたゆえ、今回もお願いしたいと……」
アリアナの口上は、前回同様冷静というより、感情が乏しい印象を与える……不自然なくらいに。
―――ちょっと仕掛けてみるか。
「正直言いますと、護衛に俺達を雇うのはかえって危ないですよ。俺達はどうも何者かに命を狙われているらしくてね、むしろ関係のない貴女がたを危険に巻き込んでしまいかねないわけです。安全を考えたら、他の冒険者に依頼なされた方がよいのでは?」
「それは、ギルドで聞きました。それでも私にはお二人にお願いしなければならない理由があるのです」
―――これは、決まりだな。アリアナは誰かに「やらされて」いる。
「そうおっしゃるんでしたら、こちらもいろいろ浮世のしがらみってものがありますからお引き受けしましょう。但しこれが最後です。もう二度と私たちへの指名依頼はしないで下さい」
「……わかりました」
「出発は明日でよろしいですね。前回と同じ峠越えのコースを逆にたどることになりますが?」
「ええ、結構です」
ファリドはアリアナの声が若干震えているのに気付いたが、もはや見ぬふりをした。向こうには、きゃっきゃと騒ぐネーダと、ニコニコと微笑んで受けるフェレがいた。
「今回もネーダ嬢をお連れになるのですか?」
「ええ、微行に連れて行けるのは、ネーダだけですので。それにネーダも、憧れのフェレさんとまたご一緒したいと……執心でしたのよ」
―――何か引っかかる口調だが……あんな頭の軽そうな娘でも、使い道はあるってことか。
アリアナは冷静な表情を崩さない。余分なことを話さないよう自分をコントロールしているようだ。
―――アリアナの背景は気になるが、どうせしゃべるまい。いずれにせよイニシアチヴは敵にある。俺達は敵が襲ってくるのを、受けていくしかないんだ、シンプルに考えよう。
聞きたくなくても耳にガンガン入ってくるネーダの騒がしいお喋りに思考を乱され、あいまいに片づけてしまうファリドだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日。好天の下、ファリドとフェレ、そしてアリアナとネーダの一行は三都アズナに向け出発した。前回使った馬車を再度借りることが出来、護衛対象の二人はキャビンの中、ファリドとフェレが馭者席に並び、交代で手綱を取る。
往路では重苦しくボロくさいローブを身にまとっていたフェレは、今や軽快で凛々しい青色のシャツと細身のパンツスタイルだ。ふと横を見ると、すっと形よく伸びる脚に目が奪われてしまうファリドも、やはり若い男である。
しばらくは平野部を走る街道を進む。通常の旅なら賊が襲ってくるような場所ではなくのんびりできるエリアだが、敵は強力な魔物を好きな場所に引っ張って来れる能力を持っていると知っているファリドは、警戒を緩めない。
フェレはといえば……平常運転である。必要以外の口をきかず、手綱を握っていないときはひたすら焦点の合わない眼でぼうっとあたりを眺めている。おそらく自分に矢が飛んでくるまで、敵の接近に気付くことはないだろう。ファリドも、索敵に関してはまったくフェレを当てにしていない。
フェレと出会った二ケ月前は春の過ごしやすい陽気であったが、すでに夏に差し掛かり、日中はかなり暑い。フェレ本人は日焼けをまったく気にしていないようだが、洋装店のマリカが「女の子はいろいろ必要……」と気を利かせて用意したつば広の帽子と手袋は気に入っているようで、ずっと着用している。確かにこういうアイテムに関しては、ファリドでは気付けない。
夕方には暗くなる前に宿を取る。帰路も野営はせず宿屋泊りだ。野営のほうが早いが、身分の高い人たちは耐えかねるであろうし、荷物もふくらむ。ファリド達も、宿の方が数倍護衛するに楽であるため、宿場泊りは大歓迎だ。飯を食うとすぐファリドは寝てしまい、フェレが深夜まで見回りをする。日付が変わったころ今度はファリドが起き出して警戒にあたり、フェレが寝るという二交代シフトである。やや寝不足にはなるが、よほど長期にならない限り体力は維持できる。
警戒を続けながらも平野部の旅は順調に続き、往路で盗賊団を壊滅させたヤズド峠にさしかかった。麓の町で情報収集をしたところ、三つの盗賊団が二つになってしまったことでザルド山塊の勢力図が変わってしまったようだ。これまで適度に住み分けていたバランスが崩れ、現在は盗賊団同士でも争いがおこり、峠は極めて不安定な状況になっているという。中規模の隊商でも、危険を避けて山塊を迂回するケースが出てきたと聞いた。
「そういう状況なんですがね、これでも峠を越えますか? 迂回すると四日ほど余計にかかりますがそっちの方が安全ですよ」
「あと五日以内にアズナに着く必要があります。申し訳ありませんが多少の危険は承知で近い道を行きましょう」
「残っている盗賊団はいずれも二十人以上の大所帯です。襲われたら俺とフェレでは守り切れません。この街では応援も集められませんし……時間で命は買えないんですよ」
「経路を決める権限があるのは私のはずです。そしてあなた方は私たちを守るのが役目。よろしくお願いします」
ある意味では予想通りの、アリアナからの木で鼻をくくったような返答に、ため息をつくファリドである。ここで強行突破を主張するなんてのは、いくらなんでも意図が露骨すぎる。明らかに峠を越えるのが目的ではなく、ファリドとフェレを危地に引きずりこむのが狙いだ。
「アリアナさん、いったい誰の描いた絵で動いてるんです? 何か弱みを握られてるんですか?」
「何のことをおっしゃっているのか……わかりませんわ」
冷たい口調で言い放つアリアナだが、指が細かく震えているのを見てとったファリドは、追及をやめる。
「なるほどわかりました、お考えのままに。但し特別手当を弾んでくださいよ」
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