第37話 怪しい依頼でも、やります
その翌日。ギルドに出向いたファリドとフェレは昨日の若い職員を呼び出した。
「依頼の報酬を聞くの、忘れていたよ。いくらだっけ?」
「お受けになるんですか?」
「だから、報酬次第さ」
ファリドはもうこの依頼を受けることに決めている。しかしどうせ同じ危険を冒すならば、せいぜいふんだくれるだけふんだくるしかなかろう。
「そうですか……あの情報をお伝えになってもお受けになる気があるのですね」
「指名依頼を断ったりしたら、他の依頼を止めるとか馬を貸さないとか宿から追い出すとか、ギルドはいろいろ俺たちを締め付ける手段を持っているからなあ……」
「そこは、あえて否定いたしません……報酬ですが、依頼人から提示された報酬は諸経費別で百ディルハム。加えて昨日、上の者に相談致しましたら、これにギルド側で二十ディルハム上乗せしてよいと」
「ほほぅ。前回のざっと倍だな、景気のいいことだ」
「報酬が不十分では、指名依頼などというものは成立しませんからね……」
「よしわかった。引き受ける、出発は明後日と依頼主に伝えてくれ」
「引き受けて頂けるのですか。個人的にはたいへんありがたいのですが」
若い職員は苦悩の表情だ。この依頼が地雷だというのは分かり切っているが、これをファリド達に押し付け損ねると、この実直で正義感の強い職員に、予想通りかなりのペナルティがあるようだ。
「ああ、あんたの言いたいことはわかってる。俺達の身の安全を考えてくれたのもありがたいと思ってる。だが、俺達もあんたもギルドに逆らっちゃ飯が食えないからな、ご指名の依頼となったら、乗るしかないだろ。大丈夫さ、簡単には殺されないよ」
「……うん、大丈夫」
「お役に立てず申し訳ありません……」
「いや、あんたの昨日の『ひとりごと』は、何かと役に立ったぜ」
ファリドはニヤっと笑った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……『ひとりごと』って、(はむはむ)何のこと?」
山盛りのサラダで頬を膨らませながらフェレが聞く。
―――そういやフェレは、最初の頃は肉ばっかり食いたがってたなあ。最近はこうしてバランス良く食うようになってきた、いいことだなあ。
まるで父親のような感慨に浸りつつ、ファリドは答える。
「ああ、『ひとりごと』のことか……あの職員が、昨日怪しい奴を教えてくれたのさ。副都に使役魔術が得意な片目の魔術師がいるんだと」
「……使役魔術……そんなのを扱える人がいるんだ……もうすたれた邪道の技術と、魔術学校では教わったんだけど……」
「そう、本流の魔術師たちからは邪道とさげすまれ、現在それをまともに使えるのは王国内でそいつ一人という、超レアな魔術みたいだな。だが、使役魔術で魔物を操ることができるってことは、普通ありえない場所に強力な魔物をポンと出現させて、油断している冒険者を殺すことができるわな」
「……そいつが互助会メンバーを……(むぐむぐ)殺しまくっているの?」
「その可能性が高いな。なので、昨晩ちょっと情報屋のところに行って、片目の魔術師のことを調べてきた」
「……こっそり出かけるから……女の人のいるところに行ったのかと思った」
予想しない方向からフェレが突っ込みを入れたので、ファリドはやや慌てる。
「いやいやいや、昨日は違うんだって。確かにそういうのは嫌いじゃないんだが……って話じゃなくて、とにかく昨日は違うっ!」
「……『昨日は』ってことは、他の日には行ってたんだ……」
ラピスラズリの眼にじとっと見つめられ、ファリドは益々対応に窮する。
「いやいや、ここ二ケ月は行ってない、行ってないから。本当だから……」
「デキている」わけでもないフェレに対して、なぜファリドがわたわたと青くなって言い訳をしなければならないのかは、まったく謎である。
「……男はそういうモノと聞いていたけど……」
「はいはいスミマセン……そろそろ片目の魔術師の話に戻していいか?」
「……どうぞ」
「ゴホン……魔術師の名はクーロス、三十一歳だそうだ。長身で、深いラピス色の瞳だが片目を失っていて、薄青色の髪……ずいぶん目立つ風貌だよなあ。王都魔術学院でフェレの十年くらい先輩らしい……学院では二十年来の天才とも謳われたらしいが、退学処分になっている」
「……邪道の追究に夢中になった……から?」
「そうだ。そして副都のギルドに八年前に登録して、ソロ冒険者としてそこそこ活躍中らしい」
「……一人でやってるんだ・・」
「相当な変わり者らしいからな、合うやつがいなかったんだろう。それに、魔物を前後に侍らせて進めば低レベルの魔物は寄って来ないんで、ちょっとした遺跡なんぞ一人でさくっとクリアしてしまうツワモノらしい。ところが、ここ三ケ月ほどギルドに姿を見せてないとか」
「……公式なギルド活動は休んで……暗殺に精を出していると?」
「そう見るべきなんだろうな」
「……そのクーロス……が、アリアナさんに指示を出している?」
「いや……こればかりはわからんなあ。ギルドにも協力者がいるようだし、場合によってはクーロスが主体じゃなく、奴も駒のひとつかも知れんしな。いずれにしろ、魔物と人間の両方に対応できるようにしておかないといかんってことだな」
「……大丈夫。リドが考えた魔術の使い方、練習した……たぶん、きちんと出来る」
「そうだな。俺の刀術じゃ賊のたぐいならともかく、高位の魔物が出てきたらお手上げだ。よろしく頼むぜ」
「……うんっ!」
当てにされたことがうれしかったのか、フェレの声はいつもになく弾んでいた。
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