第36話 なんか、やばくない?
久しぶりのギルド。寂しくなった手元資金を補うため、個人口座からカネを引き出そうと窓口についたファリドだが・・
「ファリドさんですね、大事なお知らせが二つあります、奥へどうぞ」とギルド職員。
「ん? 二つ?」
―――たぶん一つ目は、また互助会の件だろうな。だが二つ目は何だ?
個人相談室に案内されると、生真面目そうな若い男性職員が切り出す。
「第百七十八次互助会の件ですが……」
「ああ、やっぱりその話か。もしや、またメンバーが減りましたって話か?」
「お察しの通りで。ただ今五名です」
「何だと! たった三週間かそこらで半減って、それはないだろ?」
「まったくおっしゃる通りで。異常事態です」
「その五人の死に方はわかってるのか?」
「二名は斬殺されました。依頼途中の山中で何者かに襲われたようです。残り三名は……それぞれ別々ですが、魔物に倒されました、ただしみな都市に近い街道沿いで……」
「都市の近くで魔物だと? そんなところに冒険者を殺せるような強い魔物が出るはずがないが。誰かが『引っ張って』来たんだな?」
「ええ、ギルドでも担当レベルではそう考えています」
「何だ、その『担当レベルでは』ってのは?」
「たいへん申し上げにくいのですが、上の者がその……この件については、騒ぐなと」
―――ああ、やっぱりギルドは内部の者が絡んでいることを確信しているのか。だからこそ、それを承知で蓋をして知らん振りを決め込むつもりなのだな。
「しかしさすがに……残るメンバーの方に危険が迫っている以上、我々としては事実をお伝えせざるを得ません。ただ、首謀者を探してその行為を止めることまでは、我々の力では……」
「そうだな、あんたらの立場では動けないよな。ありがとう助かる」
「ご理解いただき痛み入ります。ここからは私の『ひとりごと』です。魔物の使役を得意とする片目の魔術師が、副都のギルドを本拠としています。現役の冒険者でその手の魔術を実戦レベルで使えるのは、王国で一人だけです……」
―――ずいぶん踏み込んだことを教えてくれるものだ。そいつが第百七十八次互助会所属かどうかはさすがに規則上教えられんから、察してくれということだな。この若い職員、正義感は褒めてあげたいが、ギルド組織の中では生きづらそうだな。
いずれにしろ貴重な情報だ。ファリドは実直そのものという感じの若い職員に、丁重に礼を言った。
「それで、二つ目のお知らせなのですが……」
―――おっと、もう一つあるんだった。
「ファリドさんのパーティーを指名で、三日前に依頼が来ているのですが」
「指名依頼だって?」
ファリドには指名を受ける覚えなどない。そもそも指名依頼なんてのは、特殊なスキルを持った金鷲級の冒険者……ようは「こいつらしかこの依頼は達成できない」という場合になされるもので、ファリドとフェレみたいな残り物の銅鷲級ペアに降ってくるわけがないのだが……あくまでも、普通なら。
「タブリーズ伯爵ご令室のアリアナさん、はご存知ですよね」
―――あのいわくありげな女か! できれば近づきたくないが……。
「そのアリアナさんが、また三都……アズナに向かわれたいとか。そこで、先般たいへんお世話になったファリドさんに是非護衛を、と仰っておられて」
「なんとも怪しげだな」
「そう思われますよね……っと、これも私の『ひとりごと』ですが……なぜか上の者から、これは是非にも引き受けさせろ、ファリドさんが王都にいないなら探せと、わざわざ指示がありまして……」
「むちゃくちゃ怪しいな……」
「ま、タブリーズ伯の権力は大きいですから……王都のギルドは政治とは切り離せないですからね」
「これを断ると、あんたは困るんだよな」
「大丈夫……とは言えませんが、ご判断にお任せします。無理にお引き受けいただいて、寝覚めの悪い事態になっても、アレですし……」
とはいえ、ファリド達が依頼を拒絶すれば、確実にこの正義感にあふれる職員に、なんらかのペナルティが与えられるのだろう。叱責では済みそうもなさそうだ、クビの可能性も、ないとは言えない。ギルド職員なんてのは何も手に職がなく、世間に放り出されたらつぶしが利かない。それはそれでファリドの寝覚めが悪くなりそうだ。
「わかった、明日までに返答する。それでいいな?」
「承知いたしました」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
早めの夕食をギルドの食堂ではなく街の酒場でとりながら……ギルドで食べると毒を盛られる可能性があるという判断からだが……ファリドはギルド職員から聞いた一部始終をフェレに伝える。あえて推定は付け加えず、聞いた事実のみを淡々と。
「で、これを聞いてフェレはどう思う?」
「……悪いヤツを除いて生き残りは四人……うち二人が私たち……近いうち確実に仕留めに来ると……」
「そうだな。そこにアリアナの指名依頼とは、タイミングが良すぎるな」
「……アリアナさんは、悪い人……なの?」
「その可能性が高いな。そうでなければ、何か脅迫されて利用されているかだ」
「……ネーダには会いたいんだけど……な」
「ああ、あの娘か。よくしゃべる女だったけど、気が合ったみたいだな」
「……うん……」
「いずれにしろ、この依頼には何か裏があるのはまあ確実だ。普通なら受けるべき仕事じゃない。しかし指名依頼を断ると、今後ギルドから有形無形の嫌がらせをされるのも、また確実だ。さっき聞いた話だと、ギルドは……幹部まで絡んでこの依頼に関してどうしても俺たちにやらせたいようだしな」
「・・・危ない仕事だ・・というのはわかった」
「そこで、フェレに最後の確認だ。ここで互助会から降りて……ギルドと縁を切ってしまえば狙われることはなくなるが、そうする気はないんだな?」
「……アレフに生きる可能性がある限り、私はそれを追求する。私はあと二年……冒険者として生き残る」
「そう言うと思ったよ。では依頼を受けることにしよう。どっちみち、ギルドで稼ぐ限り狙われるんだ。いつ来るかわからない襲撃を待つより、来るとわかっている方がマシかも知れないしな」
「……無理させてごめん」
「いや、俺はパーティで協力して危険を冒しながらカネを稼ぐ、冒険者って仕事がやりたかったんだ。今はまさにそれじゃないか。せっかく磨いた技だ、俺たちを狙うやつらに披露してやろうぜ」
「……ありがとう……がんばる」
フェレは数週間前のぎこちない表情からは想像できないくらい、ごく自然に微笑んだ。
―――うん、この笑顔のために戦うのも、アリかも知れない。
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