第35話 ギルドに戻ろう

 その朝は雲一つなく、気持ち悪いくらいの快晴になった。


 領主一家だけが……アレフも車椅子に乗って……見送る予定であったのだが、いつの間にか領民が数十人も現れ、実ににぎやかな旅立ちとなってしまった。


「嬢ちゃま、また刀術見せてね!」

「このパン持っていきな! 堅焼きだから日持ちするよ!」

「ファリドの若殿、嬢ちゃんを大事にな!」


 口々に呼びかけてくる領民たち。


―――嬉しいが、若殿ってのはやめてくれよ。


 領民に手を振りつつ、さすがに気恥ずかしい思いのファリドである。左耳には伝家の宝物だという小粒のラピスラズリをあしらった魔銀のピアス。フェレの右耳に着けられたピアスと対をなしている。


 ペアのアクセサリなんてものは気恥ずかしく、ファリドが最も避けたいノリだ。再三辞退したのだが、これには二人の身を守る魔力が込められているとダリュシュが執拗に食い下がり、断れば王都に帰さないという勢いに飲まれてやむを得ず着用に至っている。


 そして、控えめにアレフが話し出す。


「あの……お姉様を……お姉様を守ってください……そしてお二人ともご無事で……待っています」


「うん、俺もフェレも死ぬつもりはないよ。必ず生き延びて、ここにまた来る」


「はい……あのねお兄様、ちょっと……」


 内緒話モードであるようなのでファリドはアレフの口元に耳を寄せる。


「お姉様はあの通りとっても鈍感。自分の気持ちにもなかなか気付かないの。だからね、私が一緒に寝てる時にいろいろヒントを出して、気付かせるようにしてあげたの」


「え? え?」


「ふふ、気付いちゃったらお姉様は純で一途よ。覚悟なさってね!」


「ええっ?」


 驚いて固まっている間にアレフがフェレとハスティの三人話を始めてしまったので、この意味深な会話を真意を確かめ損ねたファリドだった。


「いやあ婿殿、フェレを頼むのである。で、出来るだけ早く戻って私を隠居させてくれんものかなあ……」 とダリュシュ。


「頼まれましょう。婿殿……じゃないですけど」


―――少しは「婿殿」に反論しておかないと、既成事実になりそうだ……


「『まだ』ね。まあ『そのうち』よね、期待してるわ」 とハスティ。


 反論もさくっと吸収されてしまう。みんな二人が命を狙われていることは知っている……はずだが、底抜けに楽天的な雰囲気が心地よい。あと二年……互助会の満期まで生き延びられたらまたここに帰って……今度はもっと長くいたいと思うファリドであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 数時間後には二人の姿が王都にあった。


 とりあえずは調えた服装や装備を受けとらねばならない。まずは武具店だ。


 店主の親父はずいぶん遅い引き取りに一言も文句を言わず……まあ代金は前渡しであったのだが……研ぎあげたシャムシールを黙って出してきた。深い青色に仕上げられた鞘と、やはり深い青色の組み紐が細かく巻かれたグリップは、サービスであるらしい。色の選択はした覚えがないが、見つめたら引き込まれそうなフェレのラピスラズリの瞳が、店主の印象に強く残ったものであろうか。


「ちょっと振ってみな。グリップのせいでバランスが変わっているかも知れねえからな」


 フェレは無言のまま、びゅっと気持ちのいい風切り音を立てシャムシールを一振りすると、


「……問題ない」


「よし、これでこの業物はあんたのものだ、お嬢ちゃん」


「……この握りも、鞘も……とてもきれい。ありがとう」


―――珍しく、進んでしゃべっているな、いい傾向だ。余程新しい刀が気に入ったかな。


「そうか、良く似合ってるぜお嬢ちゃん、それじゃ武運を祈ってるよ」


 次はマリカの服飾店だ。二人が扉を開けて店内に入ると、マリカがものすごい形相ですっ飛んでくる。


「リド! リド! 大丈夫だったの? 何かあったの?」


「ああ、大丈夫さ。悪いな、ちょっと野暮用で、取りに来るのが遅れちまった」


「あんまり遅いんでギルドに訪ねて行ったら、もう三週間も連絡がないっていうじゃないの。そんな長い間冒険者がギルドに姿を見せないなんて……絶対何かあったと思うわよ! もう心配したんだから!」


「いや、本当に悪かった。こんなに長くなるとは思わなかったんで・・」


「……ファリドは悪くない。私の実家に連れて行った」


フェレがぼそっと口を挟む。


―――うわ、また余計なことを……。


「えぇっ! もう、ご両親に挨拶を……ついにはっきりしないファリドも覚悟を決めたってわけね! なぁんだ、そんなおめでたい話だったんだ、で、で、で……結婚式はやるの? やるわよね。じゃ、式の衣装もウチで揃えてほしいわあ」


―――こうなると思ったんだよ……。


「あのな……マリカ。それ誤解だから」


「だって、若い娘さんの実家へ行って三週間なんて……もう完全にそれは、既成事実でしょ。お婿さんになる準備は万端ってとこね。ファリドはちょっと優柔不断なとこがあるけど、頭が良くて優しくて、優良物件だと思っていたのよねえ……」


「だから違うと……」


「違わないわよね、フェレさん! 実家のご両親もファリドなら気に入ってくれたでしょ?」


「……気に入った……みたい。すごく仲良しだった」


―――また誤解を招く方向の発言をするやつだ……。


「いや、そういう用事じゃなくてさ、フェレの妹の見舞いで……」


「だったら三週間も泊まらないわよ、普通は。まあ照れない照れない。ねえフェレさん、ファリドの告白はどんなだった? ねぇ?」


「……『パスタを毎日食べさせて』って言われた」


―――あああ、これはヤバい流れだ……


「ああフェレその話は……」


「さすがファリドね! アフワズ州のプロポーズ習慣まで知ってるなんて、やっぱり物知りよね~」


「……でも、そういう意味じゃなかった……らしい」


「えっ……」


「……ファリドはその言葉の意味を、本当に知らなかった……みたい」


 フェレの視線が床に向かって落ちていく。マリカも自分がまずいところに踏み込んだのにようやく気付いた。


「本当なの、リド?」


「面目ない……」


「そうよね……昔からリドは頭がいいくせに、肝心なところで何かやらかすのよね……ねえフェレさん、リドがごめんね、リドは確かにアフワズのプロポーズを知らなかったかもしれないけど、間違いなくフェレさんのことが大好きだから。それはわかるわ」


―――フォローしてくれるのはうれしいが、そっち方向に引っ張るのはやめてくれないかな……。


「……ファリドは悪くない……びっくりしただけ」


「そうよね、びっくりするわよね。うん大丈夫、もうすぐ本当になるからね!」


「なんでそう強引に持っていくんだよ。いいから注文品出して」


「そうよね~、ちょっと待ってねえ」


 やがてマリカがあれやこれやと商品を抱えて戻ってくる。注文していたシャツやボトム、革ジャケットの他にも、何やら包みがある。


「なんか、荷物多いな」


「当たり前でしょリド、女の子はいろいろ必要なの。リドに気付けって言ってもムダだから、勝手に選んでおいたわよ」


「へいへい、ありがと」


「はいはいフェレさん、じゃあ着てみて最終確認しましょうね~」


 フィッティングルームにフェレを引きずり込むマリカ。やがて出て来たフェレをみて、ファリドは改めて目を見張る。


 あざやかな赤色で、シンプルなデザインながら大ぶりの襟が若い女性らしさを協調しているシャツは、ことのほかフェレの容貌を際立たせる。スリムシェイプの濃茶ボトムは脚の長さをアピールし、魔術付与した丈の短い革ジャケットを羽織った姿は、粋な雰囲気を醸し出し、まさに「カッコいい」。つばが大きめの帽子をかぶっているが、これはマリカの趣味だろう。


「どうよ、リド! 注文通り素敵でしょ」


「本当にカッコいいな。男も惹かれるけど、女の子にもモテそうだ」


「さすがリドね、私の狙いもそこなわけよ。少女たちが憧れる若き女冒険者! って雰囲気を出したくてね」


「うん、ホントにそんな感じだ。ありがとう、要望以上の出来だよ」


「うっふん、リドに褒められるとうれしいわ~。フェレさんは、気に入ってくれたかな?」


「……」


「フェレ、さん?」


「……これが、私なんだ……」


 鏡の前で、映る自分の姿に目を丸くして、頬を桜色に染めるフェレ。


―――そうか、もう十年かそこら、しゃれっ気とは無縁だったわけだしな……フェレも一応女の子だった、ってわけだ。こういう活動的スタイルだけじゃなくて、お嬢ちゃんぽいのも、買ってやらんといかんのかなあ。


「そう、フェレさんは綺麗なんだから、いいモノを身につければ、とっても映えるのよ。ねっリド、わかったらもう少し女の子っぽいのも買ってあげないとねえ。旅にも邪魔にならないコンパクト収納タイプ、置いてるわよ?」


 結局、マリカのセールストークに押されたファリドはさらにワンピースを……ラピスの瞳に合わせた深い青色の……買い与える羽目になった。コンパクト収納タイプ・・というのは要するに圧縮軽量化の魔術付与がされているもので、当然ながら非常にお高い。早いとこ仕事に復帰して稼がないといけないな、と小さくため息をつきつつ、フェレのうれしそうなニヤけ顔に癒されるファリドだった。


「じゃあ、気をつけるのよリド! フェレさんを大切にね!」


 元気に見送るマリカに、何度も振り返りつつ手を振るフェレ。最初は人見知りなのかと思っていたが、グイグイ迫ってくるタイプの人間もイヤではないらしい。


―――そういえば、ここ一ケ月の間に、表情が豊かになったよなあ。最初は感情がないのかと……やっぱり、たくさんちょっかいを出してやるのが、いいのかな?


 再び、出来の悪い妹育成モードになるファリドだった。


 ふと、フェレがツンツンとファリドの右腕をつついているのに気づく。フェレは買ったばかりの軽快なパンツスタイルに替えている。もう、魔術師ローブに戻す気はないらしい。


「どうした、フェレ?」


「……リド、と呼んでいい?」


「えぇっ!」


「……私も、リドと呼んでいいかと聞いた……」


「うっ……いいけど……突然どうしたんだ?」


「……マリカさんがそう呼んでいるのを聞いたら……何となくもやっと……」


―――これは、犬が飼主を独占したい的な……でいいのか? まあ、とりあえず……。


「うん、リドでいいよ」


 この愛称呼びがさらに周囲の誤解を深くすることになるのだが……男女の道にはいたくあっさりしているファリドは「まあいいや」で片付けた。


「……じゃあ……リド、素敵な服、ありがと」


 満面の笑顔を向けられ、今度はファリドがもやもやする番であった。

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