第34話 見世物じゃなく実戦魔術を

 翌朝ファリドとフェレは、山から流れてくる川が扇状地に潜り込んだところ、いわゆる水無川に来ていた。そこには上流から流れてきた、比較的粒の均一な砂が堆積している。


「ここに来たらやるべきことはわかるな、フェレ?」


「……この砂で竜を造れと言うこと?」


「外観の細かい造形はいらない。蛇くらいのぬるっとしたイメージでいいさ。だけど出来るだけ大きなやつを、出来るだけ多くの砂粒を巻き込んで造ってほしいんだ」


「……わかった……んっ……」


 フェレが目を閉じる。呪文のようなものの詠唱もなく、短い気合だけでその現象は始まる。乾き切った河床から徐々に砂粒が宙に浮き、やがて集団となり、巨大で半透明のイモムシのような不思議な灰色の物体がフェレの頭上で旋回する。その大きさは太さが二十メートルくらい、長さは百五十メートル近いのではとファリドには見えた。


「……これでいい?」


 目を開いたフェレが問いかけるが、ファリドはすでに度肝を抜かれていた。あたり一面の河床から砂が蒸発……まさに蒸発したようになくなっているのだ。荷馬車数十台……いや百台でも運びきれない砂が、すべて宙を舞っている。しかもその砂の集団が、フェレを守護する意志を持つかのよう統制されている。こんなことができる魔術師は、王国に十人といるまい。


「すごいな……これだけの砂粒を操っているんだから、結構疲れるんじゃないか?」


「……全然。砂粒は……軽いから」


―――マジか。フェレにとっては動かすモノ一つが重いとダメだが、一つ一つが軽ければ、それがいくつ集まって総重量がいくら重くなっても関係ないということなのか。これは……規格外だ。


「じゃあ、頭の上の砂イモムシみたいなのを、より細く、短く、濃くできるか?」


「……たぶん……できる」


 徐々に砂の集団が密度を増し、不透明になっていく。やがてそれは元の大きさの十分の一程度に縮み、その姿は自由自在に姿を変える岩石の蛇のようになり、フェレの頭上で超高速旋回している。


「注文通りだ……よしフェレ、その蛇をあの岩にぶつけてみてくれ」


 ファリドが指さす先には、洪水の際に流れてきたらしい、六~七メートルくらいの火山岩があった。フェレはちらりと岩に目をやると、再び目を閉じ短い気合を入れた。フェレを取り巻く蒼いオーラが輝きを増す。


 フェレが操る岩石の蛇は上空で旋回速度を上げた後、直線状に軌道を変えてファリドの示した岩に向かい、衝突した。


 ものすごい轟音と砂煙があがり、暫くは視界もままならない。数十秒後ようやく砂塵が晴れたそこには、もといた岩はなく、こんもりと砂の山が存在するのみ。


「これは……正規軍の最上位魔術師並だぞ! すごいぞ、フェレ!」


 ファリドが称賛をフェレに送るが……そのフェレ自身が、自分のもたらした結果に呆然としていた。


「……これが……私のやったこと……なの?」


「そうさ。魔術学校の念動課題は出来なかったかもしれないが、たぶんフェレは念動の制御能力が段違いなんだ。だから動かす粒が何千個から何十万個になっても、統一した動きをさせることができる。これだけの大魔術をやった後だが……フェレの体調に、何かおかしいところはないか?」


「……全然。砂粒は軽いから」


「うむむ……フェレは規格外だな。間違いなく大魔術師になれるぜ」


「……本当に、私に魔術の才能が……」


「あるさ、その証拠がこの岩……もう粉々で、岩じゃなくなってるけどな」


「……そうなんだ……私にも……」


 フェレの頬が鮮やかな桜色に染まる。やがてそのラピスラズリの眼から雫がこぼれ落ちる。


「……私も……魔術師として……戦えるんだ……」


 フェレは涙を流しながら、しばらく独り言を繰り返していた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そんなこんなで、フェレの実家に居候しての魔術特訓は三週間続いた。


「ようやく、フェレの魔術が実戦で使えるレベルになったと思います」


「うむ、私も見たのである。あれは我が娘ながら化け……いや規格外なのである」


「あんなことが出来るなんてね……ファリドくんの指導が上手だったのね……」


「いえ、フェレの潜在能力がずば抜けていたからです。それを見抜けず、定型的育成スキームにハマらないからいってダメ出しをした魔術学校の奴らが無能だったのでしょう」


 朝食のテーブルで口々にフェレの魔術を賞賛する一同をじっと見つめていた妹アレフが、覚悟を決めたように口を開いた。


「お姉様が強くなられたのは嬉しいけれど……行ってしまわれるのですよね? お兄様もお姉様も……」


「……うん、いつまでもここにいるわけには……いかない」


「ごめんなさい、私のために……」


「……アレフのためじゃない。私……自身のため。アレフが生きていることが私の幸せだから」


「そう……そして俺はそういうフェレを応援したい、それだけ。だから気にしちゃダメだよ」


 ファリドが引き取る。いささかクサい台詞ではあり、フェレとの関係についてさらに誤解を招きそうな懸念がないでもないが、思い詰めているアレフの心を何とか解きほぐすためには、少女が納得しそうな甘甘のロジックを持ってくるのも、やむを得ないだろう。


「……わかった? いい子でいるのよ。そしてあと二年……絶対元気でいて。姉ちゃんそしたら戻ってくる」


「うん、うん……」 


 もう涙で言葉にならないアレフ。フェレもいつの間にか大泣きしている。


 暫くしんみりとした雰囲気が流れた後、おだやかにダリュシュが切り出す。


「それで……いつ戻るのであるか? 王都へ」


「明朝には」 


 ファリドがきっぱりと答えた。

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