第27話 ファリドの回想 銀の鷲(2)

 その夜、営舎にのこのこ現れた俺に、「大陸十大会戦 名将の決断」という何ともいかめしいタイトルの本を貸してくれた大隊長は、干し肉を肴にまたウイスキーを振舞ってくれた。若い兵は他にもいると思うんだが、どこが気に入られたんだかよくわからない。そこを聞いてみると、


「俺は、勉強する奴が好きだからだ」


「勉強って言ってもですね、本を読むのが俺の趣味、ってだけです」


「俺が貸してる、将校の戦術研究書とか読むのが楽しいか? 俺は結構苦痛だけどな」


「ああ、歴史が好きなんですよ。歴史と戦争は切り離せませんからね。戦術を勉強してるんじゃなくて、戦史を味わってるんです」


「面白い奴だなお前は。あの偏屈じじいにも可愛がられているようだし、何か不思議な魅力がある奴だ」


「偏屈・・ああ、うちの老師ですか。いい人じゃないですか」


「お前と俺以外に、あの老人とまともにしゃべってる奴はいない。最近は中隊長ともろくに話さなくなったからな」


「知識を持っている人は素直に尊敬する、それだけなんですけどね」


「そういう素直な気持ちは、確かに俺達職業軍人にはないかもなあ……」


 今日の大隊長は何だか無性に誰かと話をしたい気分であるらしい。


「なあファリド、敵……連邦の連中は何を考えてると思う?」


「あんなとこに陣地を作ってグズグズしている理由は何かってことですかね。俺なんかにわかるわけありません。けど、歴史上の戦争……特にダラダラ長く続くやつは、必ずしも明確な戦略をもってではなく惰性で続くものが多い、ってのは本を読んでればわかりますよ。特に連邦は寄せ集め国家ですから、絶対的なトップダウンってやつが、できませんからね。この戦争もずいぶん長くやってますし、昨日戦ってたから今日も戦う、ってノリになっているんじゃないかと思いますよ。いま現在は、我々が対峙するホルス共和国軍が一番王国領に深く侵入していますよね。明確な目的がないんだから突出して自分だけ叩かれたら損、だから滞陣しとこうってのもあるでしょう」


「そうか。それなら今度の作戦も有効かも知れんな……」


 大隊長はしばらく考えて、切り出した。


「別の大隊が連邦……ホルス軍の後方を遮断するために出ている。緒戦は勝ったようだ。ここのところホルス軍は抵抗らしい抵抗を受けずに進んできて、補給線が伸びきっているから、切るのは簡単だ」


「そんな機密事項、傭兵の俺に話していいんですか?」


「信じられる奴とそうでない奴はわかるつもりだ。狙いとしては、帰路を断たれる恐怖から敵がパニック状態で退却して、俺たちがそれを追撃して壊滅させるというストーリーになるんだがな……」


「なかなか壮大ですが、うちの軍にも策士がいるんですね」


「士官学校出の、エリート貴族様だ」


 大隊長はやや苦い顔をしている。士官学校出は大隊長も同じだが、平民出身のため戦功の割には出世していないというのが、正規軍の間で評判だ。


「敵陣を挟んで、別動隊ときちんと連携するってのはなかなか難しいんだが、本部の坊ちゃんは簡単に言うんだよな」


「通信担当の魔術師は、いないんですよね」


「そんな長距離連絡を付けられる魔術師は、王都にしかいねえよ」


「ですよねえ……」


 大隊長は、俺に話すことでモヤモヤを払おうとしているみたいだった。モヤが晴れたかどうかは俺にはわからない。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌日も俺は老師が瞑想しているいつもの風景を、隣で見ていた。しかし今日はものの数分で老師の表情が変わり、瞑想を中止して俺に言った。


「坊主、本部に伝令じゃ。敵はすでに物資をまとめて撤退準備をしておる」


 俺が早速中隊にその旨を伝えると、意外なほど早く追撃の指令が出された。おそらく大隊長の教えてくれた後方奇襲のタイミングに合わせ、敵を追う指示が水面下であらかじめ出されていたのだろう。


 付かず離れず、一定の距離をおいて敵の後を追う。野営の前後には老師の魔術偵察結果に、注目が集まる。


「炊煙と天幕の数から推定して、敵の総兵数は三千から四千の間じゃ」


 さらに翌日には


「うむ・・昨日よりさらに天幕もかまども減っておる・・推定総兵力は約二千から二千五百の間じゃな」


 即座に結果を中隊に伝えたものの、俺は何かモヤモヤしていた。パニックに陥って退却する敵から脱走兵が続出していると考えれば本部の作戦通りだが、本当か? 


 何かひらめくものがあって、俺は大隊長の姿を探した。


 大隊長は若干表情に疲れが見えるものの、てきぱきと部下に指示を出している。俺は指示が落ち着くのを待って、声をかけた。


「おおファリド、なんだ、お前たちの隊はすぐ出撃じゃないだろう?」


「それなんですが、足の早い騎馬隊のみで一気に追撃、というような指令が出たのではありませんか?」


「鋭いな……まあ、その通りだ」


「罠の可能性があります」


「なんだと?」


 短く俺の考えを説明すると、なんと大隊長はいきなり俺を将軍の居る本部に引っ張っていった。


「将軍、こいつの話を一度聞いてください」


「ほぅ?」


「敵の兵力減は擬態、ようは罠である可能性です」


「むっ。すぐ説明しなさい」

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