第28話 ファリドの回想 銀の鷲(3)

 将軍といってもずいぶん砕けた人のようで、名前も知らないであろう俺の話を、出撃前のあわただしい時間に聞いてくれるという。身分の縛りが厳しい王国軍にも、こういう偉い人が……お貴族様のはずなんだがな……いたんだと、ちょっと感心したね。


「はるか昔、東国に天才軍師がいたそうです。ライバルがその才をねたみ、無実の罪に落として失脚させました。天才はなんとか隣国に亡命し、そこで才を示して見いだされ軍師となったのです。後に故国と戦争になった際、天才を陥れたライバルは巧みな用兵で、天才率いる敵軍を挟撃する体勢を整えました。天才は軍を後退させ、今度はそれをライバルが追撃する形となったのです。天才は一日後に兵糧を炊くかまどを半分に、その一日後さらに半分にしたそうです。それを見たライバルは敵に脱走兵多く崩壊寸前と判断し、足の速い一部の兵を引き連れ指揮官自ら急追しました。夜になってさしかかった街道に足止めがしてあり、そこで灯りをともしたとたん、両側から伏兵が一斉に矢を放ち、ライバルは死んでその軍は壊滅したといいます。今の状況……それに似てはおりませんか?」


 ここで本部にいた若い将校が……おそらく大隊長の言っていた作戦立案者なのだろう……口をはさむ。


「状況が似ている、というだけでは根拠にならん。当方は魔術師による偵察で兵の半減を確認しているのだぞ」


「ええ、そうです。ですが、老師の報告はあくまで炊煙や天幕の数から推測した値です。伏兵に出した兵には天幕も与えませんし焚火もさせないでしょう?」


「ではお前が、ホルス兵が逃亡してないと思う理由は何なんだ?」


 いいタイミングで大隊長が合いの手を入れてくれた。しゃべりやすい。


「ええ。ホルス軍は連邦軍のうち最も王国領に突出しています。相手の兵から見れば、まわりのどこを見ても完全な敵地、しかもさんざん踏み荒らし悪事を尽くした敵地です。もし兵が逃亡しても、まわりには自分を匿ってくれるものはなく、むしろ自分を恨む王国人から落ち武者狩りされ、しかも帰るべき連邦領土ははるか彼方……とても逃げ切れるとは思えません。こんな状況で、兵たちの心理で考えれば、味方の大軍と一緒に行動した方がまだ生きて故国に帰れる可能性が高い、と普通は思うはずです。またですね、二千や三千も逃亡していたら、数百レベルで敗残兵を捕捉できてないとおかしいですが、そんなに捕まえていませんよね?」


「三人だけだ」


「俺が進言したいのはそれだけです。あとは偉い人が判断してください」


 作戦将校の貴族様が俺の方をにらんでいる気がしたけど、知ったことか。将軍はしばらく沈思黙考していたが、ふと顔を上げて言った。


「わかった、騎兵追撃作戦は中止だ」


「将軍!」


 作戦将校があわてて抗議する。


「いや、君の作戦が悪いというわけではない。成功する確率もあるだろうし、敵を壊滅させたら功績は巨大だ。だがな、わしは兵士の命を博打のチップにするわけにはいかんのだよ。安全に占領地を放棄していってくれるなら、それも勝利だろう?」


「むぐ……」


「その少年、なんと言ったかな、ああファリドくんか、よく進言してくれた。君の言う通り急追作戦はやめることにするが、敵が伏兵をおいているという前提で、よい対抗策はあるかな?」


「将軍こんな傭兵ふぜいに何を!」


 作戦将校の貴族様はもう真っ赤になってまくしたてようとする。


「参考意見として、聞くだけじゃよ」


 あまり賢しげにしゃべると今後敵を作りそうだなと思いつつ、俺は自分の案を言ってみる。


「伏兵を半日以内の距離に置くとしたら、この先の峠である可能性が高いのではないでしょうか。街道の両側が森林で、騎馬は迂回できないですから。さきほどお話しした昔話同様、街道を通る騎馬隊を足止めして、森に隠れた弓兵が一斉射撃というところかと。この考えが正しいならば、歩兵中心の傭兵隊が森林の中を進み、伏せている敵の弓兵を外側から攻撃して街道に追い出します。そこに当方の騎馬隊を突っ込ませて蹂躙する、というのが最も効率よく敵をほふることができるかと……」


「よし、それで行こう」


 あっさり将軍が言うので、かえって俺が面食らってしまった。将軍は白いひげに覆われた口に笑みを浮かべつつ、


「ああ、こやつを信頼しているからな。こやつが是とするのであれば、きっと間違っていないだろうとな」


 将軍は大隊長の肩をポンと叩いた。親子のような……姿は全然似ていないけど……その様子がちょっとうらやましくはあったね。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 あくまで結果的にだけど、俺の提案は大当たりだった。不確かな情報からの推定で組み立てた策だから自信がなかったんだが、連邦のやつらは本当に峠の森に弓兵をたっぷり伏せ、街道にバリケードを築いて待っていたようだった。


 俺たち傭兵隊が……傭兵と言ってもほとんど冒険者なんだから、森の中の行軍は正規軍よりはるかに速いんだ……弓兵の背後から襲い掛かり、パニックになった弓兵が街道にあふれたところを正規軍騎兵が蹴散らし圧殺する、理想的な形となったわけだ。実は向こうに隠し玉が……どでかい火球が使える魔術師だけど……いたらしいんだが、予想に反して街道が乱戦になってしまったので使えずに終わったんだそうだ、後からわかったことなんだけどね。


 先方は戦死二千と捕虜一千五百、それに対して王国軍は戦死百人ちょっと。信じられないくらいの大勝利だった。ちなみに敵の後方を遮断したはずの王国別動隊は、この時点ですでに蹴散らされていたらしい。最初の作戦通り騎兵だけで突っ込んでいたら、間違いなくこっちが壊滅しているところだった。


 俺は将軍に呼ばれてたいそう褒めてもらったけど、俺があんな献策をしたのは自分が死にたくなかったのと、大隊長と老師に死んでほしくなかったからだけで。勲章をやろうとかいろいろ言われたんだけど、


「俺は傭兵ですから、もし褒美を頂けるんだったらカネを下さい」


 って答えたね。作戦将校からまたすっごく鋭い視線で睨まれた気がするけど、将軍は気前よくポンと百ディルハムくれて、


「やはりそれだけじゃ、わしらの気が済まんのう」


 そう言って、ギルド向けに丁寧な感状を出してくれたんだ。それがもとになって、十代だった俺に銀鷲の肩章が……こんな若い奴にやった例は過去になかったらしいけど……付与されることになったわけさ。当時は銀の鷲がなんかカッコよくて単純に喜んでいたけど・・こんなに役立たないものだとは知らなかったんだよ。


 ああ、大隊長からは秘蔵の三十年物のウイスキーを、老師からは魔除けだというペンダントを、ご褒美でもらったよ。こっちの方が銀の鷲より、余程うれしかったなあ……

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