第26話 ファリドの回想 銀の鷲(1)

 四年前。まだ十代を抜けていない俺は、傭兵隊にいた。


 戦火で家族を失った俺だから、戦争で飯を食うのは嫌だったんだが、当時のギルドは不景気で、ガキでもできる依頼には、本当にロクなものがなかったんだ。一方、隣国との戦争は膠着状態で、王国正規軍は人材不足でね。冒険者の大半が、傭兵をやって食っていた頃だったんだよ。


 俺たちが交戦している敵である共和国連邦の部隊は、王国領土深く侵攻している。王国軍は正面から激突するのを避けて兵力を温存し、細かい奇襲攻撃で敵を損耗させつつ、ある程度意図的に相手を自国領に引きずり込んでいる状況だったのさ。


 傭兵隊は、二十人が一小隊、小隊長は学のある……あくまで比較的にだけどね……傭兵だ。五小隊を集めて一中隊、中隊長は若手の正規軍将校になる。で、五中隊を集めると一大隊になって、大隊長はベテランの正規軍将校が務めることになる。今回は正規軍四大隊と傭兵二大隊を合わせて六大隊、つまり一連隊が作戦に参加しているとのことだった。まあ数千人規模だから、そんなに大きな会戦じゃなかったわけだな。


「おうファリド、こないだ貸した『戦争の機微』はどうだった?」


 馬上から話しかけてきたのはうちの大隊長だ。三十代の、引き締まって日焼けした顔に、顎髭ともみ上げが印象的な渋い軍人だ。部下が五百人もいて・・それも数人の将校以外はみんな傭兵だから、この部隊に一年もいない連中だっていうのに、俺みたいな末端の兵隊を覚えているっていう、実に珍しい……正規軍の職業軍人は大概傭兵に対して「上から目線」だったからな……いい上官なんだ。


 何故か特に俺を可愛がってくれて、俺が暇なときにいつも本を読んでいるということを知ると、自分の蔵書……って言っても野戦に持ってくるくらいだからせいぜい十冊ちょっとなんだと思うけどな……を貸してくれて、こうやって感想を求めてくるんだ。


「大隊長、おはようございます。あの本、結構面白かったですよ。だけど要は、戦争で大事なのはまず補給、しかし最後の最後に勝負を決めるのは兵の士気、だからその二つが大事、って書いてあるだけですよね。簡単なことを言うのに難しい言葉を使いすぎるなあ、と思いましたよ」


「ははは、確かにそうだな。だけどなあ、普通の軍人には、その『簡単なこと』が、なかなか理解されないのさ。それを『簡単』って言っちまうお前はなかなかすごいと思うがな。よし、次の本貸してやるから今晩俺の営舎に来い」


 そうやって次の本を借りにいくと、ついでと言いながら旨いウイスキーとか、珍しい食い物とかをご馳走してくれるんだよなあ。普段の軍務では公平な人という評判だったけど、やっぱり俺には特別に目をかけてくれてたと思うんだ。


「はい、うかがいます!」


 俺は軍隊の上下関係なんか大嫌いだけど、こういう尊敬すべき上官に対しては、自然と背筋が伸びるんだよな。


 大隊長を見送って自分の小隊に帰ると、老魔術師が瞑想に入っている。実はこの魔術師がうちの小隊、いや中隊でも最重要人物なんだ。たぶん日当は俺の五十人分くらいだろうな。


 珍しい「遠見」の魔術が使えるので、敵陣をつぶさに見て状況を掴める。敵の規模と所在、できれば士気、といった情報をどれだけ事前に入れられるかが勝敗を左右するってことは、古今東西変わらないからな。王国軍がこの魔術師を大事にしているのは……うちの小隊は、実質この老人を守護することだけが任務と言っても良い……まったく理にかなっているわけだ。老人が瞑想している間は決して妨げてはいけない。もうすでに「情報戦」が始まっているんだから。


 やがて老人が眼を開く。


「坊主、書き取れ。敵陣にはホルス共和国の旗印のみ。炊煙の数は昨日と変わらず、推定総兵力およそ五千。うち騎兵およそ五十。ほとんど歩兵で、弓兵比率多し。攻城兵器なし、おそらく魔術師なし。山の中腹に簡易陣地構築中、木柵と濠がほぼ完成。当方へ向かって動く気配なく滞陣の模様」


 書き取った内容を復唱する。老人は満足そうに、


「よし、中隊に伝えてこい」


「はい、承知しました!」


 俺は紙片を握りしめて、走って中隊指揮所に向けて報告に向かう。特に何事もなく……まあ昨日伝達した内容と、ほとんど状況変わってないからなあ……報告を終えて、老魔術師のところへ戻る。


「おお坊主、ご苦労じゃった。これでも食え」


 老魔術師は乾燥したナツメヤシがいたく好物で、茶と一緒に勧めてくれる。前線で甘いものは貴重なので、ありがたくいただく。


 小隊で俺が一番若いせいだろうか、この老人もいろいろ俺に世話を焼いてくれて、知らないことをいくつも教えてくれる。まるで自分の祖父のよう……といっても俺が生まれた時には、もう本当の爺ちゃんはあの世へ行っていたんだけどな。


「ねえ老師」


 この「老師」ってのがこの老魔術師のお気に入りの呼び方だ。


「なんじゃな?」


「老師が遠見の魔術を使って敵陣を観察して、かまどを数えて兵力を推定したりしているのはわかるんだけど、どうして魔術師がいない、なんとことまでわかるんだい?」


「ああ。遠見の魔術と言うのはだな、わしが遠隔地を直接見ているわけではないんじゃよ。依り代となる動物……今日の場合は鷹じゃな、そいつの意識を乗っ取って、鷹の眼に映る景色を見ているわけじゃな」


「すると、敵陣の上に怪しい魔力を発する鳥が飛んでいるわけで、敵に魔術師がいれば気付かれちゃうということかい?」


「そうさ、坊主はなかなか賢いのう。敵陣に魔術師がいれば、そんな呑気な偵察を許すはずもない、あっという間に撃ち落されるはずだからの。だからあっちにまともな魔術師がいないのは、ほぼ確実じゃよ」


 けっ、けっと笑いながら老魔術師は干しナツメヤシを頬張っている。


「偵察だけとは退屈なことだが、まもなく王国軍が別の場所で仕掛けるはずじゃ。二~三日で動きが出るじゃろ」


 なんだかんだ言って、さらっと機密に属することを俺に教えてくれる爺さんだった。

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