第22話 武器も買いますよ

 シャツの仕立てとボトムのウエスト詰めやら何やらで、お渡しは四日後以降ということになる。


 離れがたい風情のマリカとしばらく知り合いの消息などよもやま話をした後、刀と防具を選びに武具店へと向かう。フェレは何か言いたいことがあるような眼をしているが、ろくなことを言い出さなそうなので、あえて放っておくことにする。


「……幼馴染さん……なんだ」


「ああ、おねしょする年頃からの知り合い。家がはす向かいにあってね。俺と同じくらいにお互い副都を出て、俺は冒険者、マリカは服飾の道。まあ、マリカの方が目標に近づいてるんだろうな」


「……魅力的な人だった。活発で、明るくて」


「ん? まあ、そうかも知れないな」


―――そういえば、俺が好きになった女は、確かにみんなマリカに似ている気がする。明るく笑顔で、常にしゃべり続けているような……


 気が付くとフェレがじとっとファリドをにらんでいる。


「……初恋の人、とか?」


「そんなんじゃねえよ。そりゃ、特別仲が良かったかもしれないが、子供の頃だしな。どっちみち今はもう進む道が全然違うんだ。もうそんな感じは、お互いないだろ」


「……そうかな?」


「はいはい、その話はここまで。次は刀と防具を揃えに行くぞ。刀はそこそこいいものが必要だな。防具は基本的にいらないから、簡単なもんでいい。攻撃が当たらない前提だからなあ」


「……もう、一杯おカネを使わせてしまってるのに」


「その分、実戦で返してもらうさ」


「……うん、がんばる」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 マリカのお勧め、という武具店はわかりにくい路地裏にあり、眉間に傷のある頑固そうな親父が店主であった。


「何を探してるんだ?」


「この娘が使うシャムシールを探してるんだが」


「ふうむ。この体格じゃ、重いやつは扱えんだろうな。ちょっと待ってろ」


 親父はなぜか首をぐるぐる回しながら店の奥に入って行き、しばらくして十本ほどのシャムシールを抱えてきた。見た目は、グリップ部分に巻いた布の絵柄くらいしか違わない。


「持って、試してみな」


 一本目を手に取ったフェレは思わず


「……軽いっ!」 と驚きの声をあげる。


「それは速度重視だからな。威力はないぞ。次のを振ってみな」


「……こっちは、しっかり手応えがある」


「そいつも軽くは造ってあるが、重心を先端側に寄せてあるのさ。嬢ちゃんの力じゃ振りが鈍くなるんじゃねえかな」


その直後、びゅんと空気が派手に鳴る音がして、


「……問題ない」


「おいおい、嬢ちゃんは見かけ通りの人間じゃないみたいだな。じゃ、もうちっと手ごたえのある奴を何本か出してくるよ」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 結局、十六本ほどのシャムシールを試し、フェレが重さのバランスを気に入った三本を、ファリドが慎重にためつすがめつ眺め、そのうち一本を選び出した。


「兄さんの選択は正解だぜ、見る目があるな。それは副都の名匠ギーク師が鍛えた奴だ。ちょっと見にはわからんが、鍛えぬいた鋼に粘りがあるから衝撃に強く、間違って鉄の鎧をぶったたいても、まず折れることはない。ただ、値段は張るぜ、七十ディルハムだからな」


「……それはダメ!」


 フェレが慌て出す。


「いいんだ、今回の稼ぎはフェレの装備に使い切ってもいいつもりだからな」


「……だって……」


「いいかフェレ、冒険者の装備は命を預けるものだから、ケチってはいけないんだ。戦闘中に刀が折れたら、それは死ぬ時だ。たとえ並のシャムシールと比べて五十ディルハム高かろうが、扱いやすくて折れにくいものがいい。命はそんな安値じゃ買えないぜ」


 親父が我が意を得たりとばかり、ポンと手をたたく。


「いいこと言うなあ兄さん、気に入ったよ。兄さんが嬢ちゃんを大事にしてることもよくわかった。まあ仕方ねえ、仕入れ値を切るわけにはいかないが、五十ディルハムでどうだ?」


「もらうよ。でもそんなにサービスして、いいのかい?」


「いいってことよ。嬢ちゃんと仲良くやりな」


 また桜色になって固まっているフェレを横目に、


「よし、せっかくまけてもらったんだ、その分で防具買うぞ」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 防具は、刀に比べると安く済んだ。動きやすさ重視で選んだものは、革の籠手とすね当て、そして胸甲。鎧兜の類は、結局動きを鈍くしてしまうため、着けないことにしたのだ。接近戦なら、攻撃が当たらないように動きまくればいいのである。弓使いや投石など、物理的な飛び道具に対しては心もとないが、すべて安心なんて備えは、ありえない。


 さっきのシャムシールで大きく値引きさせてしまったこともあり、こっちは定価から一ディナールも値切らず買った。店を出るときの店主の表情は至極上機嫌に見えたから、トータルではそこそこ儲けがあったのだろう。


「……一日でこんなにおカネを使ったのは初めて……くらくらする」


―――俺のカネだけどな。でも、そんなに気にしてくれるのか。


「気にすんなよ。フェレが強くなるってことは、それが俺の盾にも剣にもなるんだからな」


 一瞬、「身体で払ってもらうぜ、けけけ」というオヤジギャグが頭に浮かんだファリドであったが、そこは我慢する。フェレは意外に純情だから、マジにとられたらまずい。


「……ん……がんばる、必ずファリドの役に立つ」


 オヤジギャグは言わなくて、正解だったようだ。


「服も武具も仕上がるまで数日あるな、どうするかな。フェレは王都なんか見慣れてるんだろうし、見物でもないよなあ」


「……時間があるなら……アフワズへ……私の家に寄ってもいいかな? 妹の顔を三年くらい見てないから……」


「もちろんいいさ。じゃ俺は久しぶりの王都で遊んでるよ」


―――久しぶりに、悪所通いができそうだな。むふふ。ここんとこフェレの目があるから、女もご無沙汰だったしなあ。


「……一緒に……来てくれないの?」


―――え? なんで俺が? 絶対いらない子だろ俺?


「……来てくれないのか……」


 フェレが、飼い主に叱られた犬のような風情で目を伏せる。


―――何でそんな顔するんだよ……


「わかったわかった、俺も行けばいいんだろ」


「……うんっ!」


 フェレの笑顔に癒されつつも、気の重い行事になりそうだとげんなりするファリドだった。

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