第21話 服を買いましょう
朝食後のテーブルで、フェレはミルクティーのお代わり、食欲のないファリドはハーブティーを口に運んでいる。
「王都に用事はないからすぐ立とうと思っていたんだが、この調子だと帰り道にもなんか仕掛けられそうな気がするな。じっくり戦う準備を整えるために、ちょっと滞在することにしようか」
「……準備?」
「主に、フェレの装備かな。フェレの刀は間に合わせの安物だ。こないだの盗賊程度ならいいんだが、本当の強敵が襲ってきたら、得物の出来が戦闘に効いてくるぜ」
「……でも、おカネが……」
―――はぁ……
「そこは任せろ。それと、その服装だ。一つ聞いておきたいんだが、フェレはその古臭い、言っちゃ悪いがボロボロの魔術師ローブに、こだわりがあるのか?」
「……こだわりはない。魔術学院で買った時すごく高かったから、もったいないだけ」
―――ある意味予想通りの返答だが……ってことは、十年間着てるのか。そりゃあボロボロになるはずだわ。
「じゃあ、服装は全面的に変えるぞ」
「……なんで?」
「あのな、今のフェレは、魔術戦士だよな。身体強化魔術の力を借りて、その力を速度に変えて相手より速く鋭く攻撃する。だから早い動きを阻害するものは一切ダメなんだ。その重っ苦しいローブの裾、どう見ても邪魔だろ?」
「……強化を使えばどうということは……」
「敵が弱ければ、な。だけど今後は、本当に強い奴らと当たらないわけにはいかないさ。そんな相手と手合わせする時は、攻撃がほんの一瞬、先か後かで勝負が決まっちゃうんだぜ。フェレは俺のアドバイスを素直に聞いて、棍棒をやめて速度特化の戦士になることにしたんだよな。だから、徹底的に速くなるように全て変えよう」
「……わかる」
「あとな、そんな重たい裾じゃ、馬に乗れないよな。これは何かと不便だぜ。アズナまで帰るとして、馬に乗れば三日だが、馬車にすると六日かかるわけさ。この違いはでかいぞ。移動中は、カネを稼げないからな」
「……すごく、よくわかる」
―――カネが絡むと物わかりがいいんだなあ。
「というわけだから、その服一式変えるぞ」
「……でも、おカネが……」
―――はぁ~
「もうそれも任せとけ。買ってやるよ」
「……ごめん」
ごめんとは言うが、決してカネを出すとは言わないフェレであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「確かこの通り沿いだったと……」
ファリドには目当を付けた店があるようで、王都の目抜き通りから一本外れた、雑貨や服飾の店が並ぶそこそこ賑やかな通りをキョロキョロしつつ進んでいく。フェレは久し振りとなる王都の賑わいを楽しんでいるのか、やはりキョロキョロと周囲を見回しながら、何とかファリドとはぐれない程度に、ついていっている。
「あ、ここだここだ」
足を止めたのは二間くらいの小さな女性向け服飾店。ドレスだのドレープ付きスカートだのという上流っぽい服は置いておらず、活動的な街娘の装いを意識した、実用志向の店だ。微妙に尻込みするフェレを促し、店内に入る二人。
「リド! リドだよね!」
同年代とおぼしい、縮れ気味の赤毛をやはり赤いリボンで粋にまとめた、少しそばかすの散った若い女が走り寄って来て、ファリドの手を取って、いきなり振り回す。
「リド! やっと来てくれたんだね。もう何年ぶりかしら?」
「親父さんの葬式以来だから、多分五年かな」
「そうね。それにしても、良く迷わずここにこれたわね」
「看板にイノシシが描いてある女物の服屋なんて、他にあるはずがないからな」
「うふふ、それもそうね」
「元気そうだな」
「ええ、叔父さんの店を手伝っていたけど、叔父さんがもう一つ店を出すことになったから、ここは私に任せるって。私、店主なのよ店主、頑張ってるわよお。ファリドは順調? 中年のご夫婦と三人パーティを組んでるんじゃなかったっけ?」
「まあ、彼らはもう引退したんだ。今はこの、フェレと組んでる」
「あら、きれいな魔術師のお嬢さんね。初めましてフェレさん、私はマリカ。リドとは幼馴染みなのよ。副都から出てきて、ここで服屋さんをやってるの。ねえ、リドをお願いね、この子ったら暇さえあったら本を読んでばっかりで、女の子なんか構ってもくれないけど、優しいいい子なのよ」
―――「いい子」扱いか、まあ仕方ないか。
怒涛の如く話しかけられ、固まり気味のフェレ。
「あ、こいつシャイで口が重いから。悪気はないから安心して」
「やだ、可愛い! 本当に綺麗な娘ね。うふふ、公私ともに大事なパートナー、ってわけなのかな?」
「いやそれはまだ……」
「まだ、ってことは、いずれは、よね?」
―――しまった、またやってしまった。ルルドのおばちゃんの時と一緒だ。
フェレは耳まで赤くなっている。ここは平常モードに戻さないといけない。
「へいへい、マリカには敵わないから、もうカンベンして。今日はマリカの商売の話で来たんだ」
「あら、それは誠にありがとうございます、ね。ということは、フェレさんの服のお見立てなの?」
「そうそう。魔術師の格好じゃなく、女の子が屋外で活動する服装に変えたいんだ。馬にも乗るし、走るし、時には刀も振るう。だけど、街で食事をしてもだらしなく見えない、そんな風にならないかな。もちろん着替えるから最低でも二組欲しい。小物や下着なんかも適切に見繕って欲しいんだ。俺は服のセンス、全くないから」
「まあ、ファリドには無理かもねえ。ちょっと難しめの注文だけど、私にお任せあれ、よ。冒険者だったら、上に鎧を着る前提かしら?」
「せいぜい胸甲を着けるだけ、かな。基本は軽快さ重視で頼みたいな」
「じゃあ、かなり自由に選べるわね。うん、モデルがいいから、腕が鳴るわあ。フェレさん、奥に行きましょ。まずは採寸しないとね」
「……あ……」
無言のまま引きずられていくフェレであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
そして小一時間、マリカがフェレをいじくりまわした挙句。
「まずはこれかしらね、どうかな?」
マリカに手を引かれ、恥ずかしいのかやや猫背で出てきたフェレを見て、ファリドは目をみはった。濃い青……というより濃紺のボトムは裾にいくほど絞られており、華奢な脚のラインが強調されるデザインだ。上半身には同色のシャツ……大きめの襟が細身の身体と対照的で、印象に残る組み合わせだ。その上に薄手になめした革ジャケットを……短めの丈なのでウエストの細さが際立つ……柔らかく羽織っている。
「……体にぴったりしすぎな気がする……」
「だからいいんだって! 動きやすいし、これだけスレンダーで魅力的な身体なんだから、そこを強調しないと。ね、格好いいでしょ、リド!」
「見違えた。格好いい、というか凛々しくて素敵だ」
たちまちフェレの頰が桜色に染まる。
「ほらあ、ね、ね、リドも気に入ったって。」
「……」
「ボトムはこの濃紺タイプと、濃茶の二本ね。濃い色の方が脚の細さが強調される、ってのもあるけど、冒険者稼業じゃ何かと汚れやすいのも考慮したってわけ。もちろん丈夫で、ゴシゴシ洗える素材よ。シャツは二枚じゃ足んないと思うから、この濃紺と、赤と、緑の三枚にしましょ。赤と緑は在庫がないから特急で仕立てさせるわね。最初は派手目に見えるかもしれないけど、使い込んでいるうちに馴染んでくるから。ジャケットは汚れ防止と軽防御の魔術が付与されてる高級品だから、一丁羅でも大丈夫。ちょっとお高いけど、ね」
「高いって、いくらだ?」
「シャツからボトムから、いろいろその他全部合わせて、十五ディルハム! なんだけど、幼馴染み割引で十二ディルハムってところね」
―――確かにたっかいな。ギルド宿なら素泊まり一ケ月分かもなあ。だけど上着は魔術付与しとくべきだしなあ。
「……ファリド、そんなに高いのを買わなくていい」
「いや構わない。それをくれ」
「やっぱりリドは優しい子よね! というより、もうフェレさんに首ったけと言ったところかな?」
マリカが、ちょっと意味ありげな目でのぞき込んでくる。
「いや、そうじゃなく……」
傍でフェレが、赤くなったまま固まっているのだった。
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