第20話 一緒にいられる

 特製ハニートーストを、甘く見ていた。


 二枚の大きなハニートーストでたっぷりのカスタードクリームとフルーツを挟み、さらに上から生クリームを。ロイヤルミルクティー付きで二十ディナールの豪華朝食……というよりも、もはやがっつり系のデザートなのだが、肥満に縁のないらしいフェレは実に幸せそうに食っている。ナイフの使い方もなかなか優雅なものだ。


 二日酔いのファリドは、そんなこってりデザートを見るだけで気持ち悪くなりそうなのだが、ものを食っているときに最高に輝くフェレの笑顔に癒され、思わずニヤつく。


「本当に幸せそうに食うなあ」


「……ずっとデザートなんか食べられなかったから」


「そうだったなあ……」


「……ファリドの財布で食べてると思うと、二倍美味しい」


「フェレお前、そういう冗談は言えるようになったんだな」


「……(はむはむ)」


―――まあ、いいか。


 今朝も機嫌よく食べる仔犬のようなフェレを見て、飼い主気分のファリドだった。


 やがてフェレが超ハイカロリーなハニートーストを片付けて、ミルクティーのカップを両手で赤ちゃん飲みしつつ、やおら口を開く。


「……昨日、ギルドに呼ばれた」


「そうだったな」


「……互助会の件だった」


―――何だと??


「……私の入っている互助会が、満期まで後二年もあるのに、残り十人になったと」


―――おいおい、どこかで聞いたぞ、その話。


「……あと二年頑張れば三万ディルハムです、良かったですね頑張りましょう、と励まされた」


―――そこの対応は、俺の時とは違って表面的だな。職員によって対応はいろいろってことか。俺に付いた女職員が特別真面目だっただけかも知れんな。


「……ん? 何か気になる?」


「大いに気になる。いいかフェレ、よく聞けよ」


「……うん」


 周囲に聞いている冒険者がいないことを確認して、ファリドは小声で切り出す。


「俺もまったく同じことを言われた」


「……ん? ……ということは?」


「残り十人のうち二人は、俺とフェレってことさ。第百七十八次互助会の、な」


「……」


 今から思えば、そういう可能性はあったはずだった。フェレもファリドも冒険者キャリア八年。スタート時期が近いなら、同時期にメンバーを集めている互助会がカブることも当然ありえること。


 それにしてもフェレがあっさりと自分が所属する互助会の話を始めたので一気に理解が進んだ。本来なら殺される原因にもなりかねない情報であるから、パーティメンバーだろうと何だろうと、他人には口が裂けても自分の所属互助会については明かさない、というのが鉄則なのだが。


―――ひと言注意すべきなのか、それともフェレがそれほど俺を信頼してる、ってことなのか。


 少し頬に熱を感じるのは、どうも二日酔いのせいだけではなさそうだ。いずれにしろファリドは、危険が増した状況にもかかわらず、不謹慎にもむしろ安心していた。


―――これでフェレと離れなくて済む、とか考えたらいけないんだろうな。


 いずれにしろフェレもファリドも等しく狙われる立場であるとするならば、共闘して生き残るのが唯一の道だ。


「たぶん、話がつながった気がする。整理するぞ」


「……うん」


「まず、俺たちが入ってる第百七十八次互助会は満期まであと二年を残して、百人いたはずが、十人に減っている。これは普通のペースじゃない、減り過ぎだ」


「……そうだね」


「そしてギルド職員の情報によると、退場したメンバーの中には、不自然な死に方をしたケースがいくつかあるらしい。『宵の星』みたいな超強力なパーティを含めて、な」


「……それは、初めて聞いた……」


「すると、こう考えざるを得ない。膨らんだ互助会資産を一人占めしたい奴がいて、そいつが次々に第百七十八次メンバーに汚い罠を仕掛けて、消しているということさ。残り一人になれば、資産は満期前でも即時全額払い出されるからな。当然そいつは、残っているメンバーが誰と誰か、ってのを把握しているわけだ」


「……でもそれじゃ、残った奴が明らかに怪しいってことになる。ギルドはそれでも資産を払い出すの?」


「決定的な殺しの証拠が挙がらなければ払い出さざるを得んさ。疑惑、だけで払い出しを停めれば、互助会の仕組みに対する冒険者の信頼が揺らぐからな」


「……それは、理解できる気がする」


 ファリドは唇の渇きを覚え、手元のカップに入った茶を含んだ。


「しかも、そいつは明らかにメンバーの情報をくわしく知っているんだ。超重要個人情報であるはずの互助会員情報をな。どこからそんな情報が出てくるんだ? これはどう見たって、互助会を管理するギルド運営側に、そいつの協力者がいるってことだ。そのへんを本気で掘り返せば、ギルド職員か幹部に必ず行き当たって、ギルドと互助会の信頼が地に落ちることが分かりきっているんだから、ギルドとしてもさっさと払うものは払って、忘れてしまいたい、ということになるんじゃないかな」


「……うん、よくわかる」


「そう考えると、俺たちが組んでからいくつか変なことがあったのも納得がいく」


「……変、だったかな?」


「フェレに刀を持たせた後、初めて狩に行った時さ。絶対に鹿や猪しか出ないような安全な地域に、なぜか突然、食人鬼が出ただろう」


「……そうだった……」


「食人鬼は森の深部にしかいない。あれをわざわざ俺たちのいるところまで、引っ張ってきた奴がいるということさ。油断している俺たちを片付けるためにな。冒険者の中では絶対禁忌事項だが、技術的には難しくないし、悪事の証拠も残りにくい」


「…… 」


「そして極め付けはあの盗賊だ。あの連中は明らかにフェレの暴風棍棒戦法を知っていて、その対策として変な武器を持ってきただろ? 動きを封ずる目的で。あそこまでフェレの戦い方を知って、その対策に特化してくるということは、明らかに護衛対象のアリアナ達というよりも、フェレと俺が狙われていたという方が自然だな」


―――あの護衛依頼自体がトラップだった可能性もあるな。そうするとアリアナやネーダも「あっち側」の人間なのか? そこはよく考えないとな。


「……なるほど。それなら良かった……」


フェレの意外な感想に、ファリドは戸惑う。


「『良かった』ってのはなんなんだ?」


「……狙われたのが私だけだったら、ファリドを危険に巻き込めない。だけど二人とも狙われてるんなら、ファリドは一緒に戦ってくれる。だから……ちょっと嬉しい」


 またフェレが桜色に頬を染めている。


「こっちも似たようなことを考えてたよ。俺もフェレとパートナーを解消すべきか悩んでた。フェレも狙われてるって聞いて、バカだけどこれでまだ別れなくて済むって考えて、少し嬉しくなったよ。けど、命を狙われて『嬉しい』ってのも、なんか変だよな」


「……ほんとだ……」


フェレはミルクティーをゆっくり口に運びつつ微笑している。


―――誰かが自分を殺しにくる、ってのが確定したって言うのにこの落ち着きぶり、というより呑気ぶり。こいつは、思ったより大物なんじゃないか?

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