第19話 悩めるファリド

 やはりギルドから何やら手続き関係で呼び出しを食らっているフェレを待つ間、ファリドはギルドの酒場で、昼間から飲んでいた。すでに、適量をやや超えている。


 トウモロコシを発酵させて造った原酒を蒸留してアルコール度を高め、果実を漬け込んで木樽で熟成させる、マナと呼ばれる強い酒だ。イスファハン王国ではメジャーな酒だが、地方によって漬け込む果実の種類が違ったり、熟成容器である木樽の樹種が違ったりして、国内だけでもそれぞれ味わいの異なる数十品種が存在する。ファリドが飲んでいるのはイチジクの実を漬けてアカシアの樽で熟成した、王都地域特産のマナ酒であり、これを水で割らずにチビチビと流し込んで、鼻に抜ける芳香と、喉を焼く酒精の刺激を楽しむのが彼の好みである。


 酒精が徐々にファリドの思考を心地よく鈍らせていく。ぼんやり霞みがかかりつつある頭の中で、先程聞いた互助会疑惑の件を、取りとめなく考えていた。


―――あの女職員は俺を気遣って疑惑をきちんと教えてくれたが、ギルドとしては頰被りをしていたいところだろうな。少なくとも犯人は、他の百七十八次メンバーの名前を知っているわけだ。その情報の出所はギルド内部しかありえないわけだから、犯人が捕まって吐いたら、ギルドにとっちゃ管理体制の不備を問われる極めてマズイ事態になる。結局のところギルドとしては内部調査は進めるが、積極的に俺たちの安全を守るために動くことは、ないってことだろう。


―――先日の盗賊の襲撃にはいろいろ不自然な部分がある。あれが、俺を消すために仕組まれたものだとしたら? しかし奴等は、あの妙な武器といい、明らかにフェレを倒すことに特化した対策をしてきていた。俺を狙っているんだったら、どう考えてもおかしい。やはりあれは、互助会とは関係ないのか?


―――俺はこのままだと確実に犯人どもに命をつけ狙われることになる。そんな俺が、このままフェレと組んでいていいのだろうか。どう考えても危険に巻き込んでしまう。フェレの安全を考えたら、パートナーを解消すべきだ。しかし俺ならもっとフェレの良さを伸ばせるし、稼がせてやれる。いや、いろいろ言い訳しても、結局は俺がフェレを手元から放したくないってことか。自分勝手な話だな……


 フェレを手放したくないのが保護者的感覚なのか、女として好ましいからなのか、そのへんはファリド自身にも判然としない。その姿は美しいが、フェレの性格も振る舞いも本来のファリドの嗜好とはかけ離れていたのは確かだ。しかし間違いなく、フェレとの旅は面白い。久しぶりに、冒険者という自由業が楽しいものに思えてくる。


 驚くほどぶっきらぼうな態度だが、ファリドの指導を実直に守り、確実に吸収する、まさに理想の弟子でもある。飯を食わせても、ちょっとしたことで褒めても、仔犬のように喜び、懐く。その姿を思い出すと思わず口元に笑みが浮かんでしまう。


―――いやまあ……もう少しだけこのまんまで、いいんじゃねえかな。


 ファリドは機能が低下した脳で自分勝手な結論を出し、さらなる酩酊の世界に逃避することにした。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 やがて戻って来たフェレは、微妙な表情をしていたが、いつになく酔っ払っているファリドは気づかなかった。何か言いたげな眼差しをファリドに送ったが、昼間からすでに出来上がっている男の姿を見て、じとっと非難がましく見る目に変わった。


「……この時間から酔っ払うんだ……」


「む~ん」


「……まあ、わかってた。酔いが覚めたら聞いて欲しい話がある。明日でいいけど」


「うぃっく……」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌日ひどい頭痛とともに目覚めたファリドだが、感心なことにフェレの「酔いが覚めたら……」という言葉は記憶していた。


「う~ん。飲んだなあ……」


「……水」


 ジト目のフェレが差し出した陶器のカップ一杯の水をぐいっと飲み干すファリド。


「昨日は一人で酔っ払って済まん。朝飯でも食いながら昨日できなかった話をするか」


「……お詫びは言葉ではなく、一階カフェの特製ハニートースト、ロイヤルミルクティー付きで」


 どうも昨日のうちにおごらせる朝食メニューを決めておいたらしい。それでフェレの機嫌が直るならいいかと、やや負い目のあるファリドは鷹揚にうなづくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る