第18話 互助会

 ここは王都。


「長らくの護衛、誠にお疲れ様でした。お世話になりました」


 アリアナの、感情には乏しいが品の良さに関しては非の打ち所がない別れの挨拶。


「う~ん寂しいですわ! またフェレさんと一緒に旅したいです! もう、今回のすごい経験、絶対に忘れられないですわ!」


 対照的に、品はないがストレートな感情にあふれる、侍女ネーダの騒がしい挨拶。


 伯爵家の屋敷前で馬車の手綱を老齢の執事に預け、依頼書にアリアナのサインをもらって、二人の任務は無事終了だ。馬車は伯爵家からギルドに返却してくれるだろう。


 なんとなく違和感の拭えない依頼人であったので、ファリドとしてはおさらばできてほっとしている。フェレはニコニコとネーダに手を振っている。人見知りのくせに、ああやってズカズカ他人の領域に踏み込んでくるタイプが、嫌いではないらしい。


「それでは失礼……じゃあ、いくぞフェレ」


「……うん」


 向かうは王都のギルド本部。護衛の報酬と、保留になっている盗賊の討伐報酬を精算せねばならない。本部、というだけあって建物もさすがに大きく石造りの四階建てで、一階に並ぶ受付窓口カウンターも三都アズナのギルドと違って十箇所もあり、長々待たされることもなく大変効率的だ。食事施設も何種類か用意されていて、フェレが何を食おうかと迷う姿を思い浮かべ、ファリドは口元を緩める。


「はい、まず護衛報酬が六十ディルハムですね。途中経費については依頼人より直接支払われているはずですが、間違いございませんね?」


 事務職員の動きもキビキビしている。だらだら待つのが苦手なファリドにはありがたい。


「間違いない」


「では、次は支部より申し送りのあった盗賊の討伐報酬ですね。かかっている賞金は二百五十ディルハム、今回討伐にあたってお二人の寄与度は百%と証明されていますので、全額支給となります。先ほどの護衛報酬と合わせまして三百十ディルハム、天引き四十%で、手取りはお二人で百八十六ディルハムとなります。おめでとうございます」


「稼いだもんだなあ。俺とフェレシュテフの口座に半々で入れといてくれ」


「はい、承りました」


―――急に懐が豊かになったなあ。三ケ月くらい寝ててもいいくらいだな。


 もともとカネには困っていなかったつもりだが、報酬だけは良い銀鷲限定の依頼を受けるのをやめ、フェレと「冒険者っぽい」新たな稼ぎ方を模索する間は、さほどの収入を期待していなかった。そこに貧乏なフェレの食住を賄ってやる算段が必要となって、若干悩みがないでもなかったファリドだったが、実際にはこの通り、金鷲級でも難しい高給取りになってしまった。


―――フェレが「幸運の女神」なのかな?


 思わず笑ってしまう。あんなもっさりしたしゃべりをする女神もいないだろう。


―――戦っている姿だけは、女神のよう・・なんだがなあ。


 そして、意外にフェレは可愛い。


 最初は異常なまでの口の重さに戸惑ったが、びっくりするほど内面は素直でピュアだ。一度懐いたら仔犬のようにどこまでもついてくる。同年代とは思えないほど保護欲をそそられる対象なのだ。褒めて育てて強くしてやりたい、そして彼女の望みを・難しいのだが叶えてやりたいと、すっかり兄の気分だ。


「あの……聞いてらっしゃいます?」


「おっと悪い、何だったっけ」


 まだギルド職員との話が終わっていなかった。ニヤけている時ではない。


「別途、お伝えしなければいけない情報がございます。奥へどうぞ」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ギルドの奥まったところに、面談室がある。窓口から案内してきた女性職員が開口一番、ファリドを驚かせた。


「ファリドさんの所属されている第百七十八次互助会の会員様が十名になりました」


「もう、十名だと? 九十人もあの世へ行っちまったのか?」


 互助会。なんとも辛気くさい名称だが、冠婚葬祭の資金積立システムではない。ギルドの重要な事業であり、ギルド組合員の将来に備えた資産形成をお手伝いする制度、というのが建前の、ギャンブルに近い共同貯蓄である。


 冒険者が依頼達成の報酬を受け取る際に、ギルドは報酬の十%を、紹介手数料として徴収する。そして「互助会」に加入している組合員からは、さらに三十%を徴収する。ファリド達の稼ぎからギルドが四十%も天引きするのは、二人が「互助会」に入っているからである。


「互助会」は一組につき百名で構成され、全員が稼ぎの三十%を、依頼達成のたびに強制的に積み立てる。満期は十年で、途中脱退は許されない。そして満期が来た時に、冒険者として生き残っている会員で積立金を山分けする、というのが基本的システムだ。


 冒険者は死んだり活動不能になったり、引退したりして脱落していくわけで、およそその脱落比率は年に六%ほどとされており、十年続けられる冒険者はおよそ半分と考えて良い。会員がみんな同じ程度稼いでいたと仮定して、満期まで生き抜くと、およそ積み立て額の二倍程度をもらえる計算になる。


 冒険者というのはみんな自分が死ぬとは決して思わない人種であるから、特に若者はほぼ全員が「将来のため」加入している。ファリドも冒険者になってすぐ加入したからもう八年は継続していることになる。


 ギルドはこの「生き残れば儲かる」冒険者好みの仕組みを運用するのに、手数料を取らない。一見お得に感じるが、ギルドはこうして集めた膨大な資金を、冒険者とはまったく関係のない一般事業を行う者に貸し付け、高利を得ている。実はギルドの最大利益源はこの金融業であり、ギルドが社会に認められているのも、街の商工業発展に必要な資金の供給元となっているがゆえである。そうでもなければ、怪しい人間ばかり多くたむろする、一種の迷惑施設とも言える冒険者ギルドが、街の目抜き通りに堂々と存在を許されるはずもない。


「現時点、第百七十八次互助会の資産総額は三十万ディルハムです」


「それは、ずいぶん多くないか?」


 ファリドが突っ込む。ファリドの稼ぎを百人分集めても、その半分くらいではないか。


「『宵の星』パーティのうち三名が、百七十八次メンバーでしたので」


 「宵の星」は、近年知らない者がいなかった有名五人パーティだ。高難度遺跡探索を次々成功させていた五人組で、しかも高位魔術師が三人もいる豪華メンバーだったはずだ。しかし先日火竜の集団に襲われ、全滅したと聞いている。


 こうしてギルドが彼らを「互助会」メンバーだったと教えてくれるのは、そのメンバーが過去形だからだ。現役のメンバーの名前は超重要個人情報で、絶対に知らされることはない。同じ互助会に所属する者の名前がわかってしまえば、容易に殺し合いに発展するであろうから。


「なるほど納得だ、あそこのパーティは稼ぎまくってたはずだからなあ。そうか~。満期まであと二年生き残れば、十人で分けても最低三万ディルハム頂けるわけか。遊んで暮らせるな」


 三万ディルハム・・おおむね、地方の街で立派な家を買ったら五千ディルハム、小さな宿屋を居抜きで買ったら一万ディルハム、といった感覚だ。確かにもうあくせく働く必要はない金額である。


「その、生き残れば・・という点なのですが、ぜひお気をつけくださいというのがお伝えしたい点です」


「うん? 確かに八年で九割が脱落というケースは極めて珍しいと思うが、あえて注意を促してくれるのはなぜだい?」


「ちょっと第百七十八次については、不自然な亡くなり方をする方が多いですので」


「確かになあ。『宵の星』みたいな上級パーティが無策に火竜の群れに突っ込むとも思えんし、あんたの口ぶりからすると、他にもそんな事例があるわけか」


「詳しくは申し上げられませんが、ございます」


「資産を一人占めしようと、せっせと他のメンバーをハメている奴がいると?」


「私の立場ではなんとも」


―――そうか、どうもこの職員は、本当に親切心から、本来の職務規定を超えて助言をしてくれているらしい。


「ありがとう、気をつけるとするよ。しかし、俺はその容疑者ではないわけか?」


「ファリド様は、作為を疑われる事例があった時点で、関与不可能な遠方にいらっしゃった事実が確認されておりますので」


「なるほど、ギルドでも一応それなりに内部調査は進めているわけだ。とりあえず犯人扱いされてないなら構わない。いや、どうもありがとう。せっかく注意してもらったんだ。気を付けるよ」


「ご無事をお祈りいたします」


 職員は最後まで真剣に応えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る