第23話 男連れの帰省はちょっとマズくないですか?

 ファリドは明朝出発とひとり決めしてのんきに構えていたが、フェレがすぐ行くすぐ行くと珍しく力強く自己主張したため、バタバタとギルド宿を引き払い、正午出発の乗合馬車に飛び込んだ。王都には馬車のターミナルがあり、一日程度の距離であればひっきりなしに乗合馬車が出ているのだ。


 フェレの故郷は……アフワズ州の中でもかなり王都に近い村であるらしい……昼に王都を出れば、日が高いうちに着くということだ。食事にこだわるフェレが、昼飯も要求せず道を急ぐのは珍しく、余程帰りたかったのだなと考えつつ、ターミナルで間に合わせに買った葡萄入りの堅パンをかじるファリドであった。


―――フェレの家族にどんな顔で会えばいいのやら。妙な男を連れてきたと思われるのは間違いないし、これは難儀だ。頑固親父が出てきて、娘はやらん! とか言って叩き出されないといいがなあ。


―――しかし考えようによっては、ここで一時的にでもギルドから生活を切り離すのは、安全かも知れないな。明らかに俺とフェレの情報が、ギルドから俺たちを狙っている連中に流れているわけだし、宿や移動手段をギルドに頼っている限り、狙われる状況は続くと思っておいた方がいいからな。


 目を閉じ真剣に思考を巡らせているつもりのファリドは、馬車の心地よい揺れに身を任せているうちに、昨日の深酒のおかげもあり、いつしか寝入ってしまうのだった。


 走ること三時間半ほどであったが寝ていたファリドにとってはあっという間。フェレに揺り起こされて半分寝ぼけた状態で乗合馬車を降りる。


「……メフリーズの村、という」


 谷から流れ出る川沿いに展開された扇状地と、それに続く平地に形成された村であり、乾燥気候のこの地域にしては緑豊かで、一面に広がる小麦畑と、長年営々と植えられたであろう防風林が印象的だ。比較的大規模な村……人口はおよそ四千人くらいか、とファリドは見た。


「……父さんの館は一番上にあるから、少し登る」


「おい、ちょっと待て、おい!」


 なぜかやたらと急いでいるフェレは、ファリドの掛けた声にも反応せず、どんどん緩い坂を上っていく。


―――だいたい、連絡もしないで行くわけだよな。フェレは娘だからいいけど、いきなり怪しげな男が付いてきたら、普通の父親なら怒る……で済めばいいが、剣を抜かれても文句言えないところなんだが。フェレはそのへん、わかってるのか?


 もう、前方のフェレはかなり小さく見えている。振り向いて早く来いとばかりに大きく手を振る姿に、ため息をつくファリドであった。


―――もう、なるようになれだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 目的の館は扇状地の一番高いところ、村をすべて見下ろせる位置に建っていた。豪華ではないが、平屋ばかりの他の家に比べると、二階建てかつ敷地も大きく小さな離れもついており、さすがに領主の家と納得できる。きっと結婚式や祭り、村人を集めての総会など、地域の大きなイベントもこの館で行われるのだろうなと考えつつ、気乗りしないままに質素だがしっかりとした門をくぐる。


「まあフェレ! いつ帰ってきたの?」


 四十歳くらいと見える、緑色の質素な、華美な装飾の一切ないワンピースに、麦わら帽をかぶった上品な婦人が声を上げる。おそらくフェレの母なのだろうか、とファリドは推測する。


「……たった今。仕事で王都に来て、少しだけ時間ができたからアレフに会いに来た」


「よく来てくれたわ。アレフも喜ぶわね……もちろんお父さんも。ねえ、あなた! フェレが帰ってきたわ!」


―――いよいよ覚悟を決めるときか、どうか穏便に……済まないよな。


 館の奥の方から急いで駆けてくるらしい足音に続いて、何か重いものが転げ落ちるドンガラガッシャンという音……


「痛てて、うわははっ、思わず興奮して階段があるのを忘れてしまったのである。おお、フェレ! よく帰ってきた! どうした、見違えるように綺麗になりよって! いやフェレは元から愛らしかったのであるな、うん可愛い可愛い……」


 二十歳過ぎた娘を抱え込んで頬ずりしまくる父親ってのも何だよなあと、フェレの父親であるらしい四十代半ばと思しき逞しい髭面の男を眺めて、冷静な感想を抱くファリドだった。


「……父さん、痛い」


「うわははっ、これは済まんのである、これも娘を愛すればこそである、許せよフェレ」


―――うわ、娘を溺愛する父親、その娘が連れてきた男に逆上し……ってパターンか。一発殴られるくらいならいいけど、剣を抜かれたら厄介だなあ。


 この父親、地方とはいえ歴とした領主のはずだが、粗野にすぎるきらいがあるだろう。筋肉質の身体を包むのは麻のざっくりとしたグレー染めのシャツと革のチョッキ、ズボンは茶色染めの厚手に織った綿……どこから見てもただの作業服だ。おそらく村の土木作業の監督……いやこの様子では自ら作業もやっているだろう……から帰ったばかりと見える。娘を無邪気に愛する姿は庶民なら微笑ましいが、領主階級ではもうちょっと親子の間に一線があるものだ、というのがファリドの知る常識だが。


「ん? そっちのお兄さんはどちらの方であるかな、フェレ?」


「……ああ、私の、大事な人」


―――おいこら! 誤解を招く表現をするんじゃない!


フェレの天然ボケにあわてつつも、ここは普通の反応をすべきところだ。


「初めまして領主様。俺……私はファリド。冒険者としてフェレ……シュテフさんとパーティを組んでいます。フェレシュテフさんの戦闘能力には、いつも助けられています」


 あくまで「仕事上助けられている」というニュアンスを強調したつもりだったが……


「そうか! ようやっとフェレも『大事な人』を連れてきたのであるか! 実にめでたい! なあハスティ」


 父親はファリドの込めたニュアンスをまったく斟酌せず、妻の名を呼び振り返る。


「ええ、いくつになってもフェレには色気がないので心配していたんですわ。これで安心ですわね」


―――両親とも人の話を聞かないタイプだな、いやもともとフェレが思わせぶりな表現をするのがいけない。


「まったくだ。フェレでも良いと言ってくれる男は、まずいなかろうと思っていたのであるがな。いや、ファリドくん、だったね。来てくれて感謝するのである、何もない村だが、歓迎するのである」


―――ううむ。大きく誤解されている気がするが……とりあえず殴られたり斬られたりする心配はないようだ。


「……アレフに会いに来た。入っていい?」


「もちろんだ。ファリドくんも遠慮なく入って欲しいのである」

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