第15話 盗賊

 やがて前方から一斉に現れた盗賊は、十人。


―――相手側はこれだけの数的優位だ。わざわざ伏兵はおかないはず、これが全員だろう。


 馬車から飛び降りたファリドに対して五人、馬車を挟んで反対に構えたフェレには五人。ファリドに正対する敵はシャムシールか両刃の直刀を持っているが、フェレに対する敵は全員、見たことのない太い棒状の武器を構えている。


―――棍棒にしては変だが、なんだあれは?


 とにかく打ち合わないようフェレには指示してある。妙に素直な今のフェレならば、テンパらない限り言われたことを守るだろうと、ファリドは眼前の敵に集中する。刀術にある程度の自信はあっても、達人とは言えるレベルにはないファリドにとって、五対一はかなり分が悪い。


―――馬車を背にして囲まれないよう立ち回るしかなさそうだ。


 最初の盗賊が打ち込んでくる。かなり荒っぽい攻撃で連携も無いのに少し安心する。相手の剣をシャムシールでいなし、たたらを踏むところを首筋を狙って斬りつける。深紅の血が噴き出す。


―――いっちょう上がり!


 相手がこの練度なら各個撃破するのが得策と、ファリドは逆襲に出る。やや孤立気味であった左端の賊に向かって踏み込んでいく。反射的に芸のない突きを放ってくる相手の手首を下から払う。十分な手ごたえを感じ、死にもしないがもう戦闘不能だろうと判断して、ファリドは素早く体勢を立て直す。


 残る三人はさすがに危機感を覚えたらしく、年嵩と見える中央の賊が指示を出し、両側の賊が交互に牽制を入れてくる。きちんと連携されるとやっかいだ。ファリドを半包囲してじりじりと寄せてくると、なかなか隙が見出せない。


 と、右端の敵が不意に崩れ落ち、足首を押さえて苦しみ始めた。指揮をしていた年嵩の賊が振り向くと、そこには何故かフェレがすでに低い姿勢で構えている。驚く賊の隙を逃がすファリドではなく、ガラ空きになった脇腹にシャムシールを一颯し、致命傷を与えた。そして呆然とした残る一人の賊の膝にフェレが素早い一撃を加え、行動不能に陥れた。


「フェレ、助かったありがとう。しかしそっちにいった五人は?」


「……あれ」


 そう言いつつ指差す方を見ると、フェレに向かっていた五人はすべて地面に這いつくばって足首や膝を押さえて苦しんでいる。どうも一分そこそこの短時間で、殺さずに全員を戦闘不能にしたらしい。


「マジか」


「……ファリドが言った通りに、打ち合わずに躱して、余裕があったから脚を斬った……こいつらは、動きが遅い」


「フェレが速すぎるんだ。あの短い間に五人を転がすなんてのは上級冒険者でもなかなかできることじゃない。やっぱりフェレの身体強化能力はものすごいな」


「……そうかな」


 フェレがまた頰を桜色に染めて照れている。ここは大げさに褒めてもいいところだ。


 実際のところ、ファリドは驚いていた。もちろんフェレのポテンシャルを十分認識した上で効率の良い戦法を指導したのだが、刀術で戦うようになってからまだわずか半月程度しか経っていない。この短時日で、七人を簡単に打ち倒せる……それも殺さずに……技量を身に付けたのは彼女が器用なのか、それとも元々の能力が飛び抜けていたのか。おそらく後者なのだろうとファリドは思う。


 結局十人の盗賊のうちファリドが最初に首筋を斬った男と、脇腹を斬った年嵩の男の二人だけが死に、他は「行動不能」。全員連れ帰ることもできないので拘束した上で放置し、比較的従順そうな一人だけを次の街まで連行することにした。


「あとは、この不思議な棍棒みたいな武器が何なのか、だよなあ」


「……ぶよぶよしてるね」


「中に何か入っているのか?」


 ファリドは盗賊から取り上げた剣を、慎重に棍棒状の武器に突き立てる。厚い膜のような外殻が切り裂かれた瞬間、赤黒く粘稠な液体が吹き出してくる。ファリドはあわてて飛び退いたが、傍らにいた賊の一人の背中に液がべちゃりと付着した。たちまちそこから服や皮膚が溶けて刺激臭が漂い、賊はまるで断末魔の如き悲鳴を上げた。


「これは、えげつない武器だなあ」


 液は空気に触れると固まる性質もあるようで、最初にこの武器を切り裂いた剣は、斜めに立った状態でピクリとも動かせない状況だ。


「なるほど、動きの速い相手が打ち合ってきたら、その動きを止めるように設計されたもの、ということか。すると……」


 ファリドは手近で、最も気弱そうな賊を尋問することにした。


「この武器は、お前らのオリジナルか?」


「……」


「しゃべらんならそれもよかろう。ならあと四本残ってるこいつの気持ちいい液を、浴びてもらうことになるなあ。こんなん見るの初めてだから、試したくてウズウズしてるからな」


「待った! 待った待った! 俺たちはその棍棒みたいな代物についちゃ、よく知らねえんだ!」


「ほう。では、誰かが持って来たというわけだな?」


「そうさ、頭のところに知らねえ男がきて、お前らが通る情報と、コレを置いていったのさ。護衛は強いが、女の方にコレを使えば勝てると。こんなえげつない武器とは知らされてなかったんだよ!」


 確かに、先日までのフェレであったなら、打ち合って相手の得物を叩き折り、高速で回転して相手を寄せ付けない暴風戦法だったから、有効だろう。液の腐食効果は想像したくないが、液が固まることで動きを封じれば、身体強化を無力化できる。


「ということは、そのお節介な差し入れをしてきた奴は、護衛が俺たちであって、少なくともちょっと前までフェレがどういう戦法であったのか、熟知しているということだよな」


「……確実に仕留めるため。アリアナさんを、どうしても亡き者にしたいと?」


「そう……普通はそう考えるよな。真の狙いは俺たち、という可能性もゼロじゃないけどな」


「……私達を殺して得をする人は……いないと思う」


「そう……だよな。その点はフェレが正しい。ちょっと引っかかりを感じるけど、深く考えるのはよすか」


「……うん」


「なんにしろ今回はフェレのお手柄だ。戦法転換もはまったしなあ」


「……えへ」


 フェレはご機嫌だ。満面の笑みに、その頰は桜色。芸をやって褒められた仔犬みたいだな、と失礼なことを考えたファリドであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る