第14話 護衛任務

 出発の朝。


 ギルドで借り出した馬車で依頼主の二人をピックアップする。


 馬車や馬を貸し出すのもギルドのビジネスになっている。長距離の移動を伴う依頼が多いためだが、全大陸の……他国であっても……ギルド支部どこでも「乗り捨て」で返せるので、利便性が極めて高い。ギルドが高度な魔術による通信システムを、組合員の口座管理や金融業務のために自前で整備しているからできることである。通信業務だけのために魔術師を百人以上抱えていると噂されているが、おそらく本当だろう。


 いずれにしろ王都に着いたら乗り捨てることができる馬車は使い勝手がよい。


 ファリドは装飾のほとんど無い、四人乗りの馬車を選んでいた。アカシアの無垢材で造られ、数十年使い込まれたと思しく黒味を帯びたキャビンは、伯爵夫人の乗るものとしては地味すぎる気がする代物だが、おそらく目立ちたく無いであろう依頼主の意図を忖度した結果である。しかし、車軸の軸受け部分に反発浮揚の魔術が付与されており、摩擦力や揺れを低減しているなど、見えないところにかなりのカネがかけてある。このため馬車のレンタル代は、その見た目からは想像できないほど高いものであったが、依頼主アリアナは当然のように承諾した。


―――この依頼主は、良いモノを見抜く目もあるらしい。なかなかの人物かもな。


 依頼人二人を後方のキャビンに乗せて、ファリドとフェレが馭者席で交代で手綱をとる。野営も夜行もなく、襲撃さえなければ実に楽な移動である。カシムの言う通り、途中の峠に差し掛かるまでは、のんびりと行けそうだ。


 浮揚軸受けのおかげで揺れも走行音も小さく、馭者席にいても後方キャビンの会話が聞こえてくる。ひっきりなしにしゃべりまくっている侍女ネーダの声が大きすぎて、特に耳をそばだてなくても勝手に耳に入ってくるのだ。女主人の無聊を慰めるために・・というより、生来おしゃべりで、黙っていられないタイプなのだろう。


(護衛の女性はすっごくキレイですね~)


(そうね、冒険者にしておくのが勿体無いくらい)


(でも、「残念な魔女」と呼ばれているとか・・・)


(残念?)


(火魔法も水魔法もできないんですって)


(……)


(なんでも、鋼鉄の棍棒を男みたいに振り回して、獣でも人でも叩き潰すんだそうですよ。想像するだけで怖いですよね。ギルドで聞いたんですけどほんの数日前までは見た目もひどいものだったらしくて……こないだまでパーティ組んでくれる人もいなかったんですって。ファリドさんはどこがお気に召したのでしょうね?)


(ネーダ、やめなさい)


 さすがにアリアナが抑えるが、もう陰口はしっかり聞こえている。当のフェレは前方を見つめて眉すら動かさないが、引きむすんだ唇から内心は傷ついていることをファリドは容易に読み取る。


 その日は平穏な旅であったが、宿での夕食前にファリドはフェレのいない時分を見計らってアリアナとネーダに告げた。


「俺達は雇われた身、頂いた仕事はきちんとやります。しかし、気持ちよく働かせるために余分な事を言わないのも、雇い主の務めだと思いますよ。言っていることはわかりますか?」


 言葉は丁寧だが、眼には静かな怒りをたたえている。軽口で言い返そうとしたネーダがその表情に気づいて、こそこそ女主人の後ろに隠れてしまう。


「フェレシュテフが『残念な魔女』かどうかは、他人が決めることじゃありませんよ。少なくとも私は、パートナーとしてフェレシュテフを必要としています。そして彼女は、貴女がたをお守りするに十分なほど、強いですよ。皆さんにはそれだけでいいんじゃありませんかね?」


「ネーダの失言、お詫びします。この娘、悪気はないのですが考えが足りないのです。傷つけてしまったお嬢さんにも謝らなくては」


 アリアナが優美な所作で頭を下げる。本当に反省しているかは怪しいものだが、こういう典型的上流階級の人間に、真心なんていうのを求めても無駄であることを、ファリドは知っている。


「わかってくれれば良いのです。フォローはこっちでしますから、ご心配なく」


 女主人の背後からこっちをにらんでいる侍女にあきらめの溜息をつきながら、ファリドは二人に背を向けた。


 なぜかその晩、フェレの機嫌はすこぶる良かった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 旅も四日目。


 ここまで危険を感じさせる兆候は全くなく、侍女ネーダのトゲを含んだ視線以外に障害なく進んできたが、今日はヤズド峠越えだ。


 イスファハン王国の中央にはザルド山が聳えている。万年雪を頂く高山で、竜種の住処ともなっていることから、山塊全体に人の住む街や村は築かれていない。しかし、第三の都市アズナから王都へ向かうには、巨大なザルド山塊を完全に避けると道のりがほぼ二倍になってしまう。このため街道は山塊の中央は避けつつも、一番標高の低いヤズド峠を通るように引かれている。


 街道の周囲に集落がなく王国の兵士も常駐していないことから、盗賊団がはびこっており危険だが、道を急ぐ多くの旅人はリスクを冒してヤズド峠を越えるルートを選ぶのであった。


「今日は峠越えです。これを抜けたらあとは道も治安もいいところになりますが、この峠には盗賊団がいます。本来は大きなキャラバンが通るのを待ち、一緒に越えるのが安全です。しかし宿場で情報を集めたところ、向こう一週間は大きな隊商の移動はないとの情報です。待てますか?」


「一週間以上は長すぎますね。それほどに待つ時間的余裕はありません。六日後までに王都に戻る必要があります」


「なるほど、ではやむを得ません。目立たないように、できる限り早く通り過ぎるようにしましょう。馬車一台なら見逃してもらえる可能性も高いですから」


 盗賊側は主に商人が運ぶ荷駄を奪って売り払って稼いでいる。装飾品くらいしか略奪できない旅人は見逃してくれる傾向が強い。もっとも、高貴な身分とバレれば身代金目的で、若い娘が乗っているとわかれば身体目的で襲ってくるわけで、わざわざ見た目が地味な馬車を調達してきた意味はそのあたりにある。


「わかりました、よろしいように」


 アリアナは相変わらず上品に答える。フェレは興味なさげな風情だ。ファリドの立てた策に従うだけ、ともはや完全に割り切っている。ここまで信頼される、というより懐かれると、嬉しくもあり、責任を感じる部分もありで、複雑な気分になるファリドだった。


 宿場を出発して三時間ほどは、何事もなく過ぎた。今日のフェレは、ファリドの指示で魔術師ローブのフードをかぶっている。フェレの容姿を見て、好き心を刺激された盗賊が襲ってこないとも限らないからだ。また、できるだけ服装で「魔術師」であることを強調し、戦うのは面倒だと敵に思わせるのも策のうちだ。


 後方のキャビンが、今日に限っては静かだ。しゃべらずには生きていけない系の侍女ネーダも、ファリド達の索敵に邪魔になるからとアリアナに強く釘をさされ、いつもの騒がしいおしゃべりはない。我慢できずにこそこそとアリアナに話しかけているが、この程度なら苦にならない。いつもこうだといいんだがなとファリドは独りごちる。


「さて、あと三十分も登れば峠のてっぺんだが、見逃してもらえるかな」


「……私には敵の気配がわからない。索敵はファリドにお任せ」


 フェレは手綱を握りつつ平常モードだ。ある意味頼もしい落ち着きぶりだが、お任せされてもなあ、と空を見上げたファリドの神経に、何かがピリッと引っかかった。


「フェレ、停めろ!」


「……ん?」


「残念ながら、何か来てるな」


「……何人くらい?」


「五、六人ぽっちじゃないが二十人はいない、くらいしかわからん。いずれにしろ多いな」


「……大人数か。棍棒持って来た方が良かったかな」


「シャムシールでいい。回避とカウンターに専念すれば、フェレの身体能力なら四~五人は確実に倒せる、信じろ。絶対に打ち合うな」


「……うん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る